03. ただの食事
腹が、鳴った。
それも、堂々と。 誰のものかは明白で、全員が音の出所に視線を向ける。
「……あ、はは。ちょっとお腹が空いただけで」
マスターが頭をかきながら誤魔化すように笑う。
「お腹が空いただけ、って……」
カノンがじと目で見た。帝が静かに呟く。
「ギルドが燃えた原因、それも腹が減っていたから……なのだ?」
「……それは誤解だよ。ちゃんと火の扱いには気をつけていたつもりで――」
「黙ってろ、なのだ」
月は何も言わない。けれど、視線の先で、残っていた食料の箱にぽっかりと大穴が空いていた。
焦げていた。
帝とカノンが同時に振り返る。
「……マスター?」
「うん……これは、その……」
「これは?」
「ちょっと、試作品を作ろうと思って……パンを……」
「小麦粉全部使ったんだね」
「うん……」
「そして爆発したんだね」
「うん……」
「全部燃えたんだね」
「……うん……」
マスターは肩を落とした。
「非常食は?」
「とっくに食べちゃった」
クロマが冷静に答える。
カノンは顔を覆った。
「……ダメだこのメンバー、誰一人として食を守れない……」
* * *
その時、月が静かに立ち上がった。
「少し、拾ってくる」
「え?」
「材料。廃材の中に、焼けてない食器があった。火の跡も使える」
月はそう言い残し、静かに歩いていった。
しばらくして、彼女は何本かの石材、割れた鍋、錆びた網、そして――
「……それ、煙突?」
「薪を燃やすため。煙抜き」
「手作り石窯、作るつもりなのだ……?」
帝が目を見開く。月は黙ってうなずいた。
* * *
それから二時間。
廃材で組んだ即席の石窯は、なぜか妙に完成度が高かった。
カノンが中を覗く。
「え……ちゃんと温度調整されてる……?」
「煙が外に抜けてる。火も均等に回ってるのだ……」
クロマが「すごーい」と拍手する隣で、月は小さな粘土皿に、小麦粉代わりの穀物と水をこねていた。
「発酵はしないけど……焼けば、食べられる」
彼女の手元で、簡素な生地が少しずつ丸められていく。
それを火の中に並べると、香ばしい匂いが辺りに漂いはじめた。
マスターが、ぱあっと顔を輝かせた。
「おぉっ……パンっぽい! しかも焦げてない!」
カノンが即座に突っ込む。
「焦がすのがデフォだと思うな!」
帝が、ひとつの塊をそっと手に取り、口に運んだ。
もぐ……。
「うま……いや、普通なのだ……でも、それがありがたいのだ……!」
月は何も言わなかった。けれど、その横顔はほんの少しだけ柔らかかった。
「……明日は、野草も探そう」
月がそう呟いたとき、マスターが元気よく手を挙げた。
「はーいっ! じゃあ、明日はここから全力で応援するよ! マスタだよ☆」
「うるさいのだ」
帝とカノンがハモった。
* * *
焦土の上、小さな石窯から立ち上る煙。
それは、終焉の地に灯る、ささやかな日常の始まりだった。




