07.聖女の心、届かぬ刃
「おっはよ〜、今日も一日よろしくね〜♪ まずは聖女ちゃんにご挨拶!」
「はい、鬼影さん、アウト。教員としての威厳、三秒で消滅してますよ〜」
「えぇ〜!? まだ何もしてないのに〜!?」
鬼影の試用期間が始まって数日。
担当科目は未定のままだが、鬼影は毎朝欠かさず月にちょっかいを出しては、見事なまでにスルーされていた。
そのたびに、カグラとラットン、そして夜行はピクリと眉を動かし――。
「……ラットン」
「言われずともッ!!」
ゴッ!
「ぐはっ!?……って、さすがに今のは不当暴力じゃない!?」
「威嚇だ。警告は受けたはずだろう」
「やれやれ〜、怖い人たちばっかりだよ〜。ねぇ、聖女ちゃん〜?」
「鬼影さん、それ以上喋ると“校則違反で減給”です」
「えぇぇ〜〜〜……」
鬼影の口撃に対して、月はいつも通りの笑顔でサラリとかわす。
その様子を観察しながら、夜行は内心、奇妙な感情を抱いていた。
(……本当に、効かないんだな……)
艶鬼の能力――人を魅了し、惑わせる力は、長い妖怪の歴史の中でも屈指の異能だ。
だが月は、最初から最後まで一貫して無風。どころか、鬼影の言動すら“対処対象”として淡々と処理していた。
(……やはり、あれは……)
その日も、夕方の職員室は静かだった。
月は一人、書類をまとめており、夜行はそれを横目に座っていた。
「……鬼影さんのお世話、大変ですね〜」
「……まあな。昔からの、知り合いだからな……」
「…………夜行先生」
「……なんだ」
「もう……いいんですか?」
「……何がだ」
「私の監視……。夜行先生が教員になったのも、私を監視するためですよね?」
夜行は息を飲んだ。
「……その通りだ。最初は、な」
月は、笑っていた。
だがその笑みはどこか遠く、冷たさすら感じさせるものだった。
「いいんですよ〜。気にしてませんから。殺気も……悪意ある視線も……凍るような目も……。聖教会にいた時から、なんか、慣れてるんです。……なんででしょうね〜」
「………………」
夜行の瞳が揺れた。
(危機管理能力が無いわけじゃない……。この子は――)
(あまりに慣れすぎた結果、何も感じ取れなくなってしまっている……)
無関心ではない。
無感覚なのだ。
幼い身に宿した役割と、日々浴び続けた圧力の中で、魂が感受することを拒否してしまったのだろう。
――この子は、壊れている。
その瞬間、職員室の扉が開き、カグラとミミが入ってきた。
「月、そろそろギルドに戻って夕食準備するにゃー?」
「はーい、今いきまーす♪」
明るい声と共に、月は席を立つ。
先ほどの会話はなかったかのように。
夜行は、その後ろ姿を見送りながら、強く思った。
(……この子は、守らねばならない)
今度は、監視ではなく――守る者として。




