06.聖女と艶鬼と、年齢の壁
夕方、学園に設けられた仮設の職員室。
時計の針は、まもなく一日の終わりを告げる午後五時を指そうとしていた。
月は机からすっと立ち上がると、柔らかな笑みを浮かべて声を上げる。
「それでは私、ギルドに行ってきますね〜。鬼影さんもご一緒に〜」
軽やかにそう言いながら、鬼影に視線を送る。
「ほいほ〜い。じゃあ、案内よろしくね〜聖女ちゃん♪」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
夜行、カグラ、ラットンの三人がほぼ同時に立ち上がり、厳しい視線を月に向ける。
「……待て、月。一人で鬼影と行くつもりか?」
夜行の低い声が響く。
「ダメよ。あんな節操なしと二人きりにするなんて、正気の沙汰じゃないわ」
カグラの眉間には深い皺が刻まれる。
「吾輩も同行しよう。何かあったら、噛みつく覚悟はできているぞ!」
ラットンはいつになく真剣な口調で言い放った。
しかし、月はどこまでも穏やかな笑みを崩さない。
「んー……。でも大丈夫ですよ。鬼影さんはそこまで脅威じゃないですから〜」
「うわ〜……ひどいな〜聖女ちゃん……。俺、君の身体の秘密を全部暴くくらい造作もないよ?」
冗談めかして鬼影が言う。
「………んー……でも、鬼影さんってそういうこと、本当にはしないですよね?」
にこにことしたまま、言い切る月。
鬼影はしばし沈黙し、ため息をついた。
「…………………はぁ……まあいいや。泊まる場所、教えてよ」
「はーい。それじゃあ案内しますね〜」
そのまま、月と鬼影は並んで職員室を出て行った。
──静寂。
残された教師たちは、ぽかんと口を開けたまま、誰一人として動けずにいた。
「…………」
その場を打ち破ったのは、橘だった。
「……なんか、月さんって……危機管理能力、ないんですか?」
「危機管理って授業に入れるにゃ?」
ミミがぽそりと呟く。
「必要……かもな……」
グレンも低く頷いた。
そんな中、神崎が湯呑を手に、のんびりとした調子で口を開く。
「まあ、彼女もまだ16歳の少女じゃしの……」
「……えっ?」
教師陣、全員が神崎に視線を向けた。
「えっ!? 16歳!?」
「うむ。言ってなかったかの?……以前、飴ちゃんを渡したときに“子供扱いしないでください、16歳ですから”と言われたんじゃ」
場が凍る。
時間が止まったかのように、誰もが動きを止めていた。
「えっ……ちょ、待って……じゃあ今、あの艶鬼と二人きりって……」
橘が恐る恐る言葉を紡ぐ。
「それってもう……色んな意味でアウトじゃない……?」
カグラが顔を引きつらせる。
「通報案件……」
柊が眉をひそめた。
「保護対象だ、あれは!」
ラットンが叫ぶ。
夜行は溜め息交じりに、ぽつりと呟く。
「……気づくのが遅い」
「まあまあ、異世界じゃしのう……この世界にはそういう法律は……」
「黙れジジイ!!」
神崎の言葉を最後に、教師陣全員の怒号が重なるように響き渡った。




