02.過労と自覚なき笑顔と
職員室に重苦しい空気が漂っていた。
誰もが、さきほど見せられた“求人広告”の内容を、未だ脳裏から振り払えずにいる。
「……あれを……“載せた”んですよね……」
柊が、天を仰ぎながら呟いた。
「現実味がなさすぎて……ある意味で夢の世界ですね……」
橘の声にも、もはや感情の起伏はない。感情というより、虚無に近いものが宿っている。
「笑ってる場合じゃにゃいってば!」
ミミが、机をばんばんと叩く。耳がぴくぴくと震え、怒りのあまり尻尾まで膨れていた。
「でも、たしかに……誰か入ってくれないと……」
セレナがぽつりと呟くと、誰もがその言葉の重みに頷いた。
「このままでは崩壊するぞ、この学園が」
夜行の言葉が、誰よりも静かで、誰よりも重かった。
教師陣は、次第に目を見交わし始める。
「……ツテを使うしかないな」
「うちの種族の中で、教育に関心ある奴がいれば……」
「ダメ元で声かけるしかないわね」
やがて、意思は一つにまとまった。
「このままじゃ、月が──」
その時だった。
「おつかれさまでーす」
ぴょこ、と扉から顔を出したのは、まさにその月本人だった。
「あ、ギルドの食堂準備しないと。というわけで、私帰りまーす」
笑顔。明るく、軽やかで、屈託のない笑み。
しかし、職員室の空気は一気に凍りついた。
「………………」
誰も返事をしない。
ただ、去っていく月の背中を見送るだけだった。
「……そういえば」
カグラが呟く。
「あの人って……毎日、どんなスケジュールで動いてるの?」
全員が一瞬黙り、そして考え始めた。
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朝。
ギルドで、教師たちが朝食を取る時にはもう月が厨房に立っていた。
時間にして、朝6時、いやもっと早いかもしれない。
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8時。
学園の始業と同時に、月は校内を歩き回っている。
事務仕事。授業補助。備品の確認。
何気ない一言で、教師たちの進行を助けていた。
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昼。
給食準備の手伝い。人手が足りないという声に、自然と背を押していたのも月だった。
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午後。
事務作業に戻りつつも、ギルドの雑務にも手を伸ばしていた。
書類の山。問い合わせの応対。教材の輸送依頼──。
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夕方から夜。
ギルドの厨房に戻り、今度は晩ごはんの準備。
夜遅くまで、笑顔を浮かべながら、来客を迎えていた。
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「………………」
教師たちの顔から、さっと血の気が引いた。
「ふう……………………」
柊が深く息を吐いた。
全員が、同じタイミングで息を吐いた。
そして──。
「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!!!」
全員が総立ちになった。
「もう完全にアウトですこれ!!!」
「どこをどう見ても異常です!!!」
「このままじゃ、倒れちゃうって!!」
「というか、壊れる。魂レベルで」
叫びが飛び交う中、シルフがひょこりと浮かび上がった。
「安心しろ、魂は壊れてる」
静かな口調だった。
一瞬の沈黙。
「それなら安心……ってバカ野郎!!」
ヒサメの一喝が職員室に響いた。
笑いが少しだけ起こる。けれど、それもすぐに引き締まる。
「……本格的に動くぞ。ツテ、全開放でな」
夜行の言葉に、誰もが頷いた。
こうして、月を救うための第一歩が──ようやく踏み出された。




