01.求人、倫理、そして爆弾発言
朝の職員室は、早朝の陽射しが差し込む中、静かな活気に満ちていた。
窓の外ではセミが鳴き、夏の気配がじんわりと空気に溶け込んでいる。
そんな中、一人の女性が黙々と業務に取り組んでいた。
「ふむふむ……保健室に置く応急処置セットは……三点セットで……。あ、でもこの包帯、やっぱりこっちの素材の方が……」
机いっぱいに広がる書類。整理された教材の山。
月は、教員全員分の備品確認から、学園便りの版下作成まで、一人でこなしていた。
そんな様子を、離れた机からそっと見守っていたのは数名の教師陣だった。
「……やっぱりさ、教師……増やさないとまずいって」
ぼそっと呟いた柊の言葉に、ヒサメが軽く目を細める。
「というか、今の状態が異常……。そもそも月が、倒れたのを忘れてないよね?」
「仮に三年制を維持するにしても、学年ごとの専任は必要です。今のままでは崩壊します」
橘の冷静な判断に、一同が沈黙する。
その視線の先で、月は楽しげに教材の並べ替えをしていた。
「……もう、求人出そう」
「それしかないだろうな」
そんな結論に至るまでに、時間はかからなかった。
やがて、全員が月に向き直る。
「月」
「はい?」
「その……教師、増やした方がいいと思うんだ。求人を出すって話で──」
「出してますよ〜?」
あまりにあっさりと返されたその一言に、空気が凍った。
「……え?」
「求人。ハイワークに出してます。二週間前から」
「ちょっ……え!? えええ!? 内容は!? 何て書いたの!?」
橘が驚きに声を裏返らせる中、月は人差し指をぴんと立てた。
「月月火水木金金。ニコニコブラック学校ですけど、みんな優しい明るい職場ですって♪
……ちゃんと学園長に許可は取りましたよ〜」
「…………嘘はいかんからの……嘘は……」
神崎が遠い目をして呟いた瞬間、教員陣が爆発した。
「違う違う違う違う違う違う!!」
「そんなの誰が来るかーっ!!」
「倫理観! 倫理観どこ行った!?」
「訴えられるわよ!!」
それでも、月は動じない。
「でも……嘘書いたら訴えられた時こちらが負けますから」
「いや……それは正論だけども!?」
「……まあ、訴えようものなら全力でそいつを消しますけど?」
「待て待て待て待て待てええええ!!」
「ほんとにどこ行ったんだ倫理!!」
すると月は、無邪気な笑みで答えた。
「聖女をやめた時に、捨てました!」
しれっと言い放ったその言葉に、教師たちは絶句する。
「……拾ってこい!!」
橘の叫びに、月はきょとんとしたままにこりと笑う。
「今さら拾っても汚れてますよ〜?」
職員室に走る沈黙と脱力。
──こうして、“聖女”の肩書を捨てた月と、その現実を受け入れざるを得ない教師たちによる、前途多難な採用活動が幕を開けた。




