08.それぞれの想い
職員室の空気は、深い沈黙に包まれていた。
帝は椅子に腰掛けたまま、視線を伏せ、ゆっくりと語り続ける。
「……これがすべてというわけではないのだが……」
言葉を選ぶように、慎重に、そして静かに口を開く。
「お姉ちゃんには……記憶がないのだ。
神時代のことも、“最悪の魔女”として断罪されたことも……
はっきりと覚えているわけじゃない。
けれど、ときどき……断片的に、思い出してしまう時があるのだ。
そのたびに、混乱して……苦しそうで……」
語る声が、微かに震えた。
「……カノンは、今では弟だけれど。
前世ではまったく関係のない……ただの他人だったのだ。
……けど、カノンがいてくれたから、オレは……」
そこまで言って、ふっと口を閉ざす。
「……カノンが…調子に乗るとダメなのだ…」
自嘲気味に呟くと、椅子から立ち上がった。
「オレは……お姉ちゃんと、カノンのところに行ってくるのだ」
そう言い残し、帝は職員室を後にした。
──静寂。
その余韻のなか、教師陣は誰も口を開かない。
ようやく、ぽつりとセレナが呟いた。
「神の因子……間違いないですわね。あの技は……」
それに応じるように、シルフが腕を組んでつぶやく。
「風が言ってたよ。あれは、“神の御業”だって」
夜行は目を細め、静かに吐息を漏らす。
「初めて会った時……“記憶がない”と言っていた……
そうか、そういうことだったか……」
ミミはぽかんとした顔で、首をかしげる。
「月ちゃんが……神様って、ほんとにゃの……?」
誰もが言葉を失いながらも、脳裏に浮かぶのは──
闘技場で倒れた、あの少女の姿。
小さな身体で、大きすぎる力を抱えながら。
誰にも助けを求めず、ただ静かに、あたりまえのように。
「……あの子の命を削ってまで、なにを守ろうとしてるんだ……」
誰ともなく、絞り出すような声が、部屋の空気に落ちた。
教師たちは皆、その問いの答えを探せぬまま、ただ黙って──
少女の笑顔を、思い浮かべていた。




