06.語られる記憶
春の陽がやわらかに差し込む職員室には、重く沈んだ空気が漂っていた。
月が突然倒れた――
その報告を受けた教師陣は、ただの疲労ではない何かを直感し、彼女をよく知る存在を呼び寄せた。
扉の前に立つ二人の姿は対照的だった。
柔らかな表情のカノンと、張り詰めた面持ちの帝。
教師の一人が、意を決したように口を開く。
「……というわけで、月さんが突然倒れて……。
保健室で横になってはいますが、無理が祟ったのでしょうか……」
報告は簡潔で、けれど確かに不安を滲ませていた。
帝はすぐに口を開きかけたが、ふと隣のカノンに視線を向け、そのまま何も言えなくなる。
その視線の意味を察したカノンは、わずかに眉をひそめ、ため息を吐いた。
「まーたボクには聞かせたくないこと?
……いいよ。姉さんのところ、行ってくるから。先生たちに説明、よろしくね」
そう言い残して、カノンは踵を返し、静かに職員室を出ていった。
閉じた扉の向こうをしばらく見つめたまま、帝はぽつりと、誰に言うともなくつぶやいた。
「……お礼は……言わないのだ……」
その声には、どこか拗ねたような、けれど哀しみにも似た響きがあった。
やがて、帝は教師たちの方に向き直る。
彼の目には、確固たる意志の色が宿っていた。
「オレは…………昔……前世の記憶があるのだ……。
それも……神時代の記憶が……」
教師たちが一斉に視線を向ける中、帝はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「神時代……オレはお姉ちゃんの弟だったのだ……。
名前も、姿も、今とは違ったが……その時の記憶が……今も残っているのだ」
語られる言葉は淡々としていたが、そこに込められた重みは、教師たちの胸にずしりとのしかかった。
その日、職員室には沈黙が流れた。
そして――“月”という存在の輪郭が、少しずつ、けれど確かに異質なものとして浮かび上がっていくのだった。




