01.波乱の幕開け、エルミナ学園2年目
春。澄んだ空にやわらかな陽光が差し込む朝、エルミナ学園の校庭には整然と椅子が並べられていた。
その前には、生徒たちが三列に分かれて立っている。
初等部1年生、新入生60名。
中等部1年生、進級組10名。
そして、昨年度の初等部生徒たち――現在の初等部2年生20名。
それぞれの立場が異なれば、表情もまた異なる。
緊張でこわばった新入生たちの顔。
そこに混じる戸惑いや、ざわめき。
一方、進級組や在校生たちは、やや達観したような様子で静かに式を待っていた。
壇上には、いつもの調子で笑みを浮かべた月が立っていた。
「それでは〜、入学式を始めまーす」
伸びやかでのんびりとした声が響くと、列の前のほうにいた生徒の数人がぴしっと背筋を伸ばす。
が、それもつかの間。
「では、学園長の挨拶です。三分で終わらせてくださいね〜」
そう言って、月は壇上に置かれた小さな砂時計をくるりとひっくり返した。
壇上の脇から、黒髪黒瞳の青年――若返った姿の神崎学園長が現れる。堂々と前に出てきたその姿に、ざわめく生徒もいたが、それも一瞬だった。
神崎が口を開き、語り出した言葉は、確かに丁寧で理路整然としていた。
だが――
「……というわけで、本学園の理念は――」
カチ、カチ、と砂が最後の一粒を落とした瞬間、月が笑顔で拍手。
「はい、終了でーす!」
「まだ途中じゃが!?」
「時間切れですから〜。では、下がってくださーい」
笑顔のまま、月は神崎をくるりと方向転換させて、そっと背中を押した。
若返った姿で舞台袖へと消えていく学園長。
拍手とともに、なんともいえない空気が校庭を包む。
「続きまして〜、始業式を行いまーす」
息をつく間もなく月の声が続いた。
「では、学園長に代わりまして、学年主任の先生からひとこといただきます〜。ラットン先生、よろしくお願いします!」
「――初耳だね!? 学年主任も、挨拶も!?」
壇上に上がったのは、白い体毛に赤い目の小柄なネズミの姿――語学教師のラットンだった。
だが、彼の困惑も月の手にかかれば無効である。
「制限時間は三分でお願いしますね〜。はい、砂時計ひっくり返しました!」
「ちゅううううううう!!」
悲鳴のような声が、壇上に響き渡った。
「……うん。さすがだよ」
「去年と変わらないのだ。むしろ、悪化してるのではないか?」
式を見守っていたカノンと帝が、半ば諦めたような声で呟く。
彼らにとっては、すでにお馴染みの風景だ。
「また今年もこれなのね……」
「去年はさすがに怒られたと思ったのに……」
中等部の新1年生たちも、すでに月式進行に馴染んだ者が多く、どこか遠い目をしている。
その一方で、最前列に並ぶ初等部の新入生たちは、唖然として月を見つめていた。
「……え? あの人、先生?」
「事務員じゃないの?」
「無駄に……偉そうじゃない?」
「ていうか、入学式って普通もっと厳かじゃないの?」
ざわざわと、ささやき合う声が増えていく。
式典会場の空気は、春の陽気とは裏腹に、なんとも不穏な幕開けを迎えていた。
こうして、エルミナ学園二年目が、波乱とともに始まったのだった。




