09.来年度もよろしくお願いします
冬の終わりが近づく頃。
放課後の職員室には、暖かなストーブの音と、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
「……これで、今年度の書類は全部確認できたな」
柊が大きく伸びをして椅子にもたれかかる。
「本当に……一年、あっという間でしたね」
橘も眼鏡を外し、こめかみを押さえながら小さく息を吐いた。
積み上がった資料の山の向こうでは、神崎が頷く。
「いやあ……濃ゆい一年じゃった。学園の立ち上げから、よくぞここまで……」
しみじみとした空気が職員室を包む。
教員たちは、それぞれに一年の出来事を思い返していた。
入学式。
最初の授業。
月のDIY。
道徳授業。
神崎の若返り。
騒がしくて、めちゃくちゃで、でも……
どこか温かくて、懐かしい記憶たち。
その静寂を破って、まるで当然のように扉が開いた。
「こんにちは〜。おつかれさまで〜す♪」
入ってきたのは、満面の笑顔を浮かべた月だった。
教員たちは、嫌な予感に全身を強ばらせる。
「えっとですね、来年度の入学希望者、六十人ですって!」
「……はああああああ!?」
一斉に跳ね上がる教員たちの声が、冬空を震わせる。
「ほら、今年度は様子見していた親御さんたちが、『大丈夫そう』って思ったみたいで。入学書類がどっさり届いたんですよ〜」
「大丈夫そうって……何を見て判断したんだ!?」 「むしろ今年、何を見てたんだ!?」
月は首を傾げながらニコニコしている。
「で、ですね? 現在在籍中の生徒たちのうち、十人ほどは基礎知識的に問題なさそうなので――」
「――まさか」 「まさか――」
「中等部へ進級させます! 魔法基礎の授業、ついに開始です!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「とうとう来たあああああああ!!」
「皆さん、魔法の授業なくて手が空いてましたもんね? よかったです〜」
「誰が暇してたって!?」
追い打ちをかけるように、月がさらなる報告を放り込んだ。
「新一年生が六十人なので、三十人ずつ二クラスに分けますね。今の子たちは、三十人でそのまま二年生に進級。中等部の十人は一クラスで運用です!」
「つまり……担任は……」 「四名体制になりますね〜!」
「はあああああああああああああ!?!?!?」
もはや職員室は阿鼻叫喚の地と化していた。
「人手が! 足りませんってば!!」 「無理です! 魔法の授業始まったらもう、回らない!!」
「だいじょうぶですって! 備品も教材も準備済みですから!」
「そういう話じゃない!!」
現実に引き戻されて、机に突っ伏す柊。
資料を抱えて頭を抱える橘。
その横で、神崎がポンと手を打つ。
「……うむ。退職希望じゃ。」
「俺も希望です!」 「私も希望です!!」
一斉に挙手があがる。
しかし、それを見た月は、さらりとこう言った。
「却下で〜す♪」
ストーブの火が、無慈悲に赤く燃えていた。
次章
第7章『終焉の茶会、笑顔の裏の断罪記録』
は、7月26日 朝8時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。




