08.鶏小屋と、人魚の肉
冬の夕暮れ。エルミナ学園の職員室には、いつもと変わらぬ穏やかな空気が流れていた。
窓の外では白い雪がしんしんと降り積もっている。ストーブの上では、ヤカンがコトコトと音を立てていた。
柊と橘、シルフやカグラら教師たちは、それぞれコーヒーや紅茶を片手に、くつろいだ様子で一息ついていた。
「春から始まって……もう冬か」
「怒涛の一年だったねぇ……」
誰ともなくそう呟くと、次々と他の教師たちが思い出話を口にし始める。
「開校当初の人手不足、すごかったな」
「まさか教師陣が“月月火水木金金”で働かされるとは……」
「初任給より睡眠がほしい、って本気で思ったよ……」
「でも、生徒はみんなちゃんと来てくれてるし。報われてる……気はする」
話題の端々には、月の驚くべき手腕や自由奔放な行動が顔を出す。
「……そういえば」
ふと、誰かが声を落とす。
「最近、学園長……なんか違わない?」
その言葉に、職員室の空気がピタリと止まった。
「だって、さ」
「……誰だよ、あの青年」
「いやいや、神崎先生でしょ?」
「いやいやいや、無理あるでしょ!? どう見ても二十代前半だよ!?」
「一時期、姿が見えなかったと思ったら、急に“若返って”戻ってきたし」
「でも月さんは何も言わないし……夜行先生も目を逸らすし……」
教師たちはざわざわと、確信を持てぬまま答えのない噂話を繰り返す。
そのとき、職員室のドアが開いた。
「ただいま戻りました〜! 鶏小屋の修理、完了でーす!」
月が満面の笑みで入ってくる。
教師たちは慌てて姿勢を正し、何気ない顔を装おうとするが、どこかぎこちない。
「……どうしました? 皆さん。そんなに見つめて」
月が首を傾げたとき、橘が意を決して口を開いた。
「その……神崎先生のことなんですが……」
「ああ、若返りましたね〜」
あっさりとした返答に、全員が目を見開いた。
「えええええ!?」
「やっぱり若返ってたの!?」
「え、それって魔法とか能力とか……」
そのとき、夜行が静かに口を開く。
「人魚の肉だ。……古くから、不老長寿や若返りの力があると言われている」
「ほら、夜行先生も認めました」
「いやいやいやいや、普通そんなもん……!」
「老人の姿のまま“月月火水木金金”で働くのはかわいそうかなって思って〜。ちゃんと労働環境も配慮しないとですよね?」
月は無邪気に微笑む。
「でも大丈夫です。皆さんにも〜、こっそり食べさせてますからね?」
「………………」
「だから、この学園は元気いっぱい! 過労で倒れる人もゼロです! 健康第一ですよ〜」
教師たちの視線が、一斉にストーブの上のヤカンへと向けられた。
「もしかして、あのスープ……」
「ちょっと待て……朝のパンケーキ……」
「昨日の差し入れの焼き魚も……」
「ふふ、元気が一番ですからね!」
月の笑顔は、まさしく“蛮族聖女”そのものだった。




