06.蛮族聖女、教育中
教室内は、妙な緊張感に包まれていた。
「……あの、月先生って……本当に、あんなに怖い人なの?」
「なんで、あんなことできるの……?」
前日の“道徳の授業”――銀の鞭が閃き、生徒たちを一喝したあの時間は、誰の心にも強烈な印象を残していた。
怯えにも似た空気の中、カノンと帝のまわりに、生徒たちがじりじりと集まっていく。
「姉さんはね……怒ると怖いよ」
カノンは頬をひきつらせながらも、どこか諦めきったように呟いた。
「怖いのだ……」
帝が深く頷く。
「ボク、小さい頃……テストで連続0点取ったことがあったんだ」
「気づいたら、病院のベッドの上だったの」
カノンの言葉に、生徒たちは言葉を失う。
「しかも、治療費払ってくれたのも姉さんだから、文句も言えなかったんだよね……」
「その時のお姉ちゃんは……聖女じゃなくて、完全に蛮族だったのだ……」
帝が真顔で言い放つ。
「聖教会の一部では、“蛮族聖女”って呼ばれてたんだって」
「記録には残ってないけど、口頭でしか語られない噂だったらしいよ」
「……蛮族……聖女……?」
「聖女なのに蛮族って、どういうことだよ……」
「いやでも、昨日の見たら納得かも……」
生徒たちの間で、青ざめたささやきが広がっていく。
その様子に、カノンと帝は声をそろえる。
「逆らうのは、やめたほうがいいよ……」
「本当に……死ぬのだ……」
* * *
同じ頃、職員室――。
書類をまとめながら、月がぽつりと呟いた。
「蛮族聖女なんて……失礼じゃないです?」
その場にいた教師たちが、顔を見合わせ、反応に困ったような笑みを浮かべる。
「いやぁ……うん……」
「まあ、その……否定は……」
「できない、よねぇ……」
気まずい空気が漂う中、それでも次の授業準備は進んでいく。
ミミがちらりとカレンダーを見ながら、手元の記録用紙に視線を落とす。
その隣で、橘も資料をめくりながら、ほんの一瞬だけ手を止めた。
――これ、職員室記録に……残すべきか……?
お互い、言葉にこそ出さなかったが、迷っていた。
「さて、次は算術でしたよね。プリント、配りますよ〜」
月の笑顔は、どこまでも穏やかだった。




