04.月式・道徳指導法
講堂には、ざわめきが満ちていた。
普段は静かな場所が、今日は妙な空気に包まれている。何の前触れもなく、生徒と教員全員に「講堂へ集合」との通達があったからだ。
「な、なに? もしかして、誰かやらかした?」
「罰とか……あるのかな……」
「やめろよ、怖ぇこと言うなよ……!」
生徒たちは不安そうな表情で席に着いていく。ざわつきは収まらず、空気は妙に湿っていた。
壇上の端、教員席には柊や橘、ミミ、グレンたちが並び、様子を見守っている。
いつもと違うのは、彼らまでもがやや緊張した面持ちで、視線を壇上中央に向けていることだった。
「……あ」
最前列に座っていたカノンが、ぽつりとつぶやいた。
「どうした、カノン」
隣の帝が小声で問う。
「なんか……嫌な予感がする……」
カノンは顔色を引きつらせながら、壇上中央の一角を指差した。
そこには、にこにこと微笑みながら手を組み、立っている月の姿があった。
「……のだ。……終わったのだ……」
帝が悟ったような声でつぶやいた。
壇上の月が一歩前へ出て、会場のざわめきにかぶせるように、明るい声を放つ。
「皆さん、こんにちは〜。本日はお集まりいただきありがとうございます。さて、早速ですが……皆さん、学校生活は楽しいですか? 仲良く過ごせていますか?」
沈黙。微妙な間。
ざわつきの波が一瞬止まり、やがて──
「はぁ? ふざけんな!」
獣人の大柄な男子生徒が立ち上がった。
「俺たちは、好きで来たわけじゃねぇ! こんな人間の学校に通わされるなんて、冗談じゃねぇんだよ!」
その言葉に続くように、後方から妖怪の少女が声を張り上げる。
「そうよ! 魔術も妖術も扱えない人間に教わるとか、バカにされてる気しかしない!」
さらに、今度は人間の男子生徒が立ち上がった。
「そーだそーだ! 俺たちは魔術が使えるんだ。魔術も妖術もない先生に教わる意味なんてあるのかよ!」
一気に騒然となる講堂。
教員席では柊が眉をひそめ、橘が困ったように額を押さえる。
ミミは「にゃんとまぁ……」と呟き、グレンは無言で腕を組む。
壇上の月は、そんな騒ぎを静かに見つめていた。
「……そうですか……」
その呟きと同時に、空気が変わった。
ピシィン──ッ。
金属音にも似た鋭い残響が、講堂全体を切り裂いた。
銀色の鞭が宙を舞い、獣人の生徒の目前すれすれで止まっていた。
その場にいた全員が、一瞬、息を呑む。
「今の、見えましたか?」
月の声は穏やかだった。
「避けられましたか? できなかったでしょう?」
場が凍りつく。誰も、動けない。
「今ここにいる先生たちは、皆さんに“常識”と“良識”を教えるためにいます。
彼らは、種族に関係なく、皆さんの未来のために来てくれた方々です」
月は視線を巡らせ、全員と目を合わせるようにして言葉を続ける。
「もちろん、わたしが直接教えても構いませんよ?」
その声は、なぜか冷たい笑みに包まれていた。
「でも……わたしに逆らうなら──死、です」
その言葉に、生徒たちは一斉に息を飲む。
「学園にいる間は、私たちの言うことを聞いてください。……返事は?」
沈黙。
月は首を傾けて、もう一度口を開いた。
「ねえ……返事」
──その瞬間。
「サ、サーイエッサー!!」
講堂全体に響き渡る、生徒たちの絶叫が起きた。
壇上で月は満足そうに微笑み、ゆっくりと頷く。
「うふふ。よろしい。では、先ほど逆らった方々は、内申点に響かせておきますね〜」
生徒たちの顔が引きつる。
「この記録は、進学や就職だけじゃなく、国家審査や結婚調査でも参照されるかもしれません。……どうなるか、わかりませんけど♪」
一瞬の沈黙。
「うわああああああ!!」
カノンと帝が、声を揃えて叫んだ。
その悲鳴を背に、月は微笑んだまま銀の鞭をひらりと収めた。




