06.飾り付けは前日のうちに
冬の朝。
白く煙る吐息が、天井まで立ち昇っていた。
仮の職員室には、これまでの喧騒が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
「……ようやく、ここまで来たな」
呟いたのは、柊だった。
手元には、完成した学籍名簿と出席簿。資料棚には整えられた備品や教科書がずらりと並び、教材もきちんと収められている。
「これが、学校……かぁ」
ミミのぽつりと漏らした声に、誰もが足を止める。
それぞれの胸に、同じ想いが宿っていた。
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午前中は、全員で掃除と最終確認に取り組んだ。
廊下を雑巾がけする者。窓の汚れを落とす者。掲示物のズレを直す者。
作業の手を止めるたびに、どこかで笑い声が響く。
「グレン、そこは雑巾じゃなくて、モップの方がいいよ」
「……ああ」
「ラットン、落とし物箱にネズミのぬいぐるみが入ってたけど、心当たりある?」
「我輩ではない! 我輩はもっと品格あるぞ!」
性格も口調も違うけれど、今はみんな――同じ目標に向かって動いていた。
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夕方。
作業を終えた教員たちが、廊下の窓から校舎内を見下ろす。
「……できた、んだな」
ぽつりとシルフが呟く。
真新しい教室。整った机と椅子。黒板の前には、今日磨いたばかりのチョーク台。
どれも手作業で、少しずつ積み上げてきたものだった。
「ちゃんと……学園が、できてる」
セレナが目を細め、小さく息をのむ。
「誰か泣いてる〜?」
「泣いてません」
からかうミミと、そっぽを向く橘。
「……でもまあ、よくやったと思うよ」
その声には、ほんの少しだけ照れくささが滲んでいた。
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「よしっ!」
学園長・神崎 泰蔵が、突然力強く声を上げる。
白髪の老体ながら、しゃんと背筋を伸ばし、将軍のような威厳で前を見据える。
「明日の入学式は、立派なものにしようぞ!!」
「おおーっ!!」
拳を突き上げて応える教師たち。
その声には、これまでの苦労と、明日への希望が込められていた。
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「じゃあ、入学式の飾り……明日までに完成させますね!」
月の無邪気な笑顔と言葉に、時が止まる。
「え、まだだったの!?」
「今から!?!?」
「おい待て!!」
ツッコミが重なり、職員室に響き渡った。
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こうして、白亜の学舎はようやく春を迎える準備を整えた――
はず、である。
次章・第6章『終焉の茶会、常識破りの学級日誌』は、
7月21日 朝8時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。




