05.入学案内と魔術封筒
冬の朝。
吐く息も白い職員室で、月が両手を広げて声を上げる。
「さあ、入学式まであと三ヶ月! がんばって準備進めますよ〜!」
教師たちは湯たんぽを抱え、床に敷いた獣皮の上でそれぞれ小さく返事をする。
「お、おう……」
「……もう何が起きても驚かないぞ……」
「寒さで頭が回らないだけかもにゃ……」
午前中。
月は仮のデスクに座り、仕上げたばかりの入学案内を手に取る。
「では、これから案内をお送りしますね〜。エルノアに住んでる全員宛に♪」
「全員……?」
「はいっ。エルフさんにも、魔人さんにも、妖精さんにも、もちろんお送りします〜」
そう言って、月は紙の束を魔力の光で包み込む。
ふわり、と光が弾けた瞬間、書類は霧のように消えた。
「おわったっと♪」
橘が目を瞬く。
「……え、今ので送信完了?」
「はい〜。それと、封筒には返信用の魔術封筒も入れておきましたから。願書入れておけば、自動で学園に届きますよ〜♪」
「お、驚かない……! 今回は驚かない……!」
「むしろ、何で今まで驚いてたのかが謎だわ……」
「日常、これが……にゃ……」
昼。
教員たちがそれぞれ、冷めたおにぎりや汁物で質素な昼食をとっていたその時。
ぽんっ。
ぽんっ、ぽぽんっ。
「……ん?」
机の上に、封筒が現れ始めた。ひとつ、またひとつ。
間隔も種類もランダムだが、確実に数が増えていく。
「……これ、まさか」
「願書だ!!」
次々と届く封筒に、教員たちが食事の手を止める。
最終的に、職員室の机には四十通の封筒がずらりと並ぶことになった。
「40人分の願書、だと……?」
「でも、エルフや魔人や妖精からは来てないみたいにゃ」
「まあ、予想通り……か」
封筒の山を前に、月が明るい声で宣言する。
「40人の生徒ですか〜。よーし、生徒用教科書作らないと!」
――瞬間、空気が止まる。
「え? 準備してなかったの!?」
湊が慌てて立ち上がり、紙の束を確認しに行く。
「読み書き教材も……国語の教本も……ゼロ……!? 月さん!!」
「え〜、だって、人数わからないのに準備するわけないじゃないですか〜」
月はいつも通りの笑顔でそう言い、机に向き直る――
が、その一瞬だけ、完全に無表情だった。
「……先生用のは昨日用意しましたけど? 時間ができたので、つい♪」
「だから! 時間は有限なんだよ!!」
「……いや、月にそれ言っても無意味な気がする……」
一方、職員室の隅で封筒貼り作業をしていた神崎が地味にぼやく。
「わしの出番、またないんじゃが……」
「学園長は封筒の糊付け係ですよ〜♪」
「ぬう……封筒とは奥が深いのう……」
「学園長、肩に糊ついてるにゃ」
封筒の山と、用意するべき教科書と教材の山。
教師たちが現実に直面する中、夜行は一人、月をじっと見ていた。
(……この女、よく喋り、よく動く)
(そして、異常な魔力を“日常”のように使いこなす)
さきほど、魔力の瞬間転送時――部屋全体に淡い光のゆらぎが走ったのを、彼は見逃していなかった。
(時間を曲げ、空間に干渉する魔力波……)
(この存在、何かを“隠している”)
だが――
月は今、机に向かい、封筒に愛らしいイラストを描き始めている。
その表情は、無邪気そのものだった。
(……これが悪意なら、それはそれで厄介だが)
(違うなら……もっと厄介かもしれんな)
その吐息は、白い湯気となって、職員室の冷気に溶けていった。




