02.建材、そして交渉へ
「では、木材を取りに行ってきますねっ!」
仮の職員室にて、段ボール椅子に腰かけていた教師陣の前で、月が元気よく宣言した。
ラットンが眉をひそめ、ヒサメが顔を上げる。カグラが怪訝な目を向ける中、グレンは静かに腕を組む。
「……あの、“取りに行く”って、どういう意味?」
静かにそう問いかけたのは、葵だった。
「ギルドの裏山にですね、魔物さん――その背中に、いい感じの木が生えてるんですよ〜」
あまりにも自然な笑顔とトーンで語られたその一言に、全員の思考が一瞬止まる。
「……その、“魔物さんの背中”ってのは……比喩じゃないよね?」
「実体ありの存在ですよ。とっても大きくて、優しいんです」
月の口調は終始穏やかだが、その内容は現実離れしている。 教師陣は顔を見合わせるものの、誰一人としてその場で否定することはできなかった。
* * * * *
雪がちらつく裏山に、月の足音だけが静かに響いていた。
積もり始めた雪を軽く払いながら、彼女は木々の間を進んでいく。 やがて辿り着いたのは、巨大な根が地面を突き破るように広がる一帯。 そこには“山”と見まがうほどの、異様なまでに巨大な存在が、眠るように沈黙していた。
月はその前に立つと、そっと頭を下げ、両の手を胸の前で組む。
「どうか――学園のために。子どもたちの未来のために」
祈るように、静かに。
その言葉が空に溶けた瞬間―― 大地が、低く重い音を立てて揺れた。
ガラガラと枝が落ち、雪が舞い、風が走る。
そして。
――ドォン。
巨大な大木が、まるで何かに導かれたように、ゆっくりと目の前に倒れ落ちた。
それは偶然でも、破壊でもなく。 まるで贈り物のように、月の足元へと静かに届いた。
「ありがとうございますっ!」
深々と礼をする月の姿は、どこか神聖な儀式のように見えた。
* * * * *
「ただいま戻りました〜!」
窓の外から、元気な声が響いた。
「……ん?」
「今の……月さん?」
教師陣が顔を見合わせ、誰かが窓を開けた。
すると。
視界に飛び込んできたのは、グラウンドの中央に浮かぶ巨大な大木と、それを手招きするように誘導する月の姿だった。
「みなさーん! 木、持ってきましたよーっ!!」
「「「持って帰ってきたあああああああ!?!?!?」」」
職員室に、絶叫が響き渡る。
「いや、浮いてる……魔力操作!?」 「運搬手段どころか、規模がでかすぎる……!」 「月さん、なんであんな涼しい顔してるのよっ!?」
混乱の渦が職員室を飲み込む中、グラウンドからさらに月の声が響いた。
「では、これで棚とかを作りますっ!」
手を振るその姿は、まるで“木材加工の神”でも召喚されたかのような光景だった。
「ノコギリはどこだ?」
グレンが立ち上がる。
だが、月はすかさず答える。
「手で切りますので、大丈夫です♪」
「はぁっ!?」
カグラの声が裏返った。
その直後、月は木の前に立ち、構えをとる。
そして――
スパッ!
一瞬の手刀で、巨木がまるで紙のように裂けた。
角は丸く、表面は滑らか、繊維の流れすら計算されたような切断面。 まるで最初から加工されていたかのような精巧さだった。
「……これはもう……DIYじゃない……」
誰かが呟いた。
机、棚、ロッカー、資料箱。 次々に積み上げられていく備品の山。
セレナがぽそりと呟く。
「これ……全部一人で?」
「いや……もはや“神の手”だな」
ヒサメの冷静な声に、橘が眉をひそめる。
「でも、備品は揃っても……中に入れるもの、まだ揃ってませんよ?」
柊も静かに問う。
「……書類は?」
「それはまた明日やりますっ♪」
月の明るい返答に、再び全員が天を仰いだ。
教師たちの心配は尽きない。
だが、確かに“学園”は、前に進んでいる。




