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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第5章『終焉の茶会、白亜の学舎と時間停止』

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01.まずは備品がない

冬の朝。かすかな吐息が白く揺れる中、エルノアの街の中心に建てられたエルミナ学園に、初めての教師陣が集まった。


静まり返る学園内を抜け、彼らが案内されたのは「職員室」と称される一室。



「……失礼するにゃ」



先頭に立っていた猫獣人のミミが扉をそっと開ける。続いて中へ入った面々の目に飛び込んできたのは――ずらりと並ぶ、段ボール製の机と椅子の群れだった。


一瞬の静寂。その場の空気が凍りつく。



「……これは一体?」



ネズミ妖怪のラットンが目を細めながら問いかける。その声に反応するように、部屋の奥から元気な声が響いた。



「はいっ! ここが職員室ですよ〜!」



手を挙げて答えたのは、事務方を担う少女――ゆえだった。まったく悪びれる様子もなく、満面の笑みを浮かべている。



「段ボール!?」



九尾の妖怪・カグラが思わず叫ぶ。彼女の後ろでは、光の大精霊セレナがおそるおそる椅子に腰かけ、ぽそりとつぶやいた。



「……ふわふわです〜」


「妙に安定してる……いや、これ、魔力で補強されてるのね」



ぬらりひょんのヒサメが、椅子の脚を軽く持ち上げて見定める。続けてラットンも試しに腰かけ、引き出しに筆を滑らせる。



「筆記も……快適……ぐぬぬ、これは認めざるを得ぬか……!」



その背後では、人間教師のひいらぎ みなとたちばな あおいが、何も言わずに天井を見上げていた。



「……棚は? 教材は? 書類入れは?」



ついに柊が静かに口を開く。それに対して月は、にっこり笑って元気よく答えた。



「ありませんっ♪ これから作ります!」


「……予算は?」



眼鏡を押し上げながら橘が冷静に問う。



「ないです!」



即答だった。


だが、もう誰も驚かない。この世界の常識が、すでに彼らには通用しないことを知っているからだ。



「ということで! 今日はギルドの裏山にご挨拶に行って、大木をいただいてきますね♪」



明るく宣言する月に、カグラが目を丸くする。



「いや、だからその“交渉ルート”がおかしいのよ! 魔物に“ご挨拶”って何よ!」


「……斧はいらんよな?」



大柄な熊獣人のグレンが静かに問うと、月はうんうんと頷いた。



「もちろん、いただいた木だけを使います! 斧で戦ったりしませんよ〜」



そんなやり取りが続く中、職員室の扉が再び開いた。



「おう、おぬしら……わしの席はどこじゃ?」



入ってきたのは、年季の入った杖をつきながら歩く老人、神崎かんざき 泰蔵たいぞうだった。



「ありません!」



月が満面の笑みで即答する。



「えぇ!? わしも皆と一緒がええ! ここがええ!」



子どものように駄々をこねる神崎に、教師たちは言葉を失う。



「学園長って……駄々こねるんだ……」


「初めて見ました、あんな学園長……」



呆れたような、しかしどこか微笑ましさも混じった声が漏れる。



「では、今すぐ作りますねっ!」



そう言って月は、隅に積まれていた段ボールをひとつ取り出すと、手際よく魔力で裁断し始めた。スパッ、ピタッ、パタン。


見事な手際で、わずか数分のうちに机と椅子が完成する。四本の脚はぴたりと揃い、角は美しく丸められ、引き出しの滑りも滑らかだった。



「……こうやって作ってたのか……」



誰かがぽつりとつぶやく。


神崎は嬉しそうに新しくできた椅子に腰かけた。



「うむ、悪くないのぅ!」



その姿に一同、またも絶句。



「……子どもたちの教室も、全部こうやって作ったんです♪」



月の無邪気な言葉に、沈黙が落ちる。



「すごいけど……でもやっぱり不安……」



ヒサメがぽつりとつぶやく。



「……椅子、鉄にしてくれ」



グレンが重たげに言うが――



「グレンさんは段ボールで大丈夫かと♪」



月の笑顔とともに、どこからか効果音のように「ズコーッ」というずっこける音が響いた。


教師たちの前途は、多難である。

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