07.集いの鐘が鳴る
エルミナ学園設立の準備が進む中、月は静かに一枚の手紙を書き上げた。 インクが乾くのを見届けると、彼女はそれを小さく折りたたみ、そっと伝書鳩の足に結びつける。
「お願い、みんなに届けて」
羽ばたいていく鳩の姿を見上げながら、月は深く息を吐いた。 内容は簡潔なものだった。
──明日、ギルドの応接室にお集まりください。 顔合わせと、ご挨拶の機会を設けたいと思います。
翌日。 朝日が差し込むギルドの応接室に、ぽつりぽつりと集まる影があった。
最初に姿を現したのは、白く光る衣の精霊──セレナだった。 その後ろから、緑の風をまとったシルフが、ふわりと浮いて現れる。
続いてやってきたのは、猫耳をぴょこぴょこと動かしながら元気に歩くミミと、無言のまま巨体を揺らすグレン。 二人は並んで座ると、特に会話を交わすこともなく、静かに待ち始めた。
「……案外、みんな時間通りに来るのね」
そう呟いたのは、橘葵。 眼鏡の奥で瞳を細め、丁寧に手帳を取り出す。 その隣に立つ柊湊は、ラフなシャツ姿で、気さくな笑みを浮かべていた。
「緊張してきたなあ。なんか、面接前みたい」
その声に反応するように、カツ、カツと足音が響く。
入ってきたのは、赤い瞳の九尾──カグラ。 ゆるく巻いた髪が揺れ、柔らかく笑みを浮かべている。
「ふふ、楽しそうじゃない。こういう“始まり”って、嫌いじゃないわ」
さらに、ぬらりとした気配をまといながら、ヒサメが現れる。
「静かな集まりは、落ち着くね。喧騒よりは、好ましい」
そして、椅子のひとつに、ラットンが紳士的に腰かける。 白い体毛と赤い目を持つ、ネズミのような妖怪。彼は軽く杖を鳴らすと、周囲に丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかる。我輩、語学を教えることになっておる。どうぞよろしく」
最後に現れたのは、杖をついた白髪の老人──神崎泰蔵だった。 その表情は柔らかく、ゆっくりと部屋の中心に歩を進める。
「いやはや……皆が集う場とは、胸が高鳴るのう」
集まった者たちは、全部で十一名。
月は皆の顔をゆっくりと見渡し、深く頭を下げた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。 エルミナ学園の教員として、共に歩んでくださる皆さまに──改めて、ご挨拶をお願いしたく存じます」
部屋に、静かな期待と緊張が漂う。
ひととおり全員がそろったことを確認すると、月は立ち上がり、前に出た。
「改めまして、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
彼女の声に、応接室の空気がやわらかく引き締まる。
「皆さんには、これから共に学園を支えていただくことになります。その前に──まずは、自己紹介から始めましょう」
月の言葉に、自然と視線が集まり、それぞれが順に前へ出ていく。
【精霊組】
「わたくし、セレナと申します。魔法の基礎と、魔法の歴史をお教えいたしますわ……うふふ」
「風の精霊、シルフだ。担当は魔法基礎。……まあ、なるようになるさ。よろしくな、オレの授業に遅刻しなけりゃ、それでいい」
【妖怪組】
「カグラと申しますわ。魔法基礎の実技を担当いたします。ふふ、恋バナがお好きな方は、ぜひ放課後にでも♡」
「ヒサメ。魔法基礎(実技)を……まあ、担当するよ。あまり真面目な授業は期待しないでくれたまえ」
「我輩はラットン。語学を担当する所存。どうか皆様、お手柔らかに願いたい」
「夜行だ。歴史、とくに魔術史と差別の系譜……それらを語る役を担おう」
【獣人組】
「あたし、ミミ! 魔法薬学はまかせてにゃ! みんなで楽しく実験するにゃん!」
「……グレン。体術、教える」
【人間組】
「橘 葵と申します。数学を担当させていただきます。精一杯努めますので、よろしくお願いいたします」
「柊 湊って言います。国語を担当。堅苦しいのは苦手だけど……まあ、仲良くやりましょう」
「神崎泰造と申す。」
月は小さく頷き、再び前に出る。
「ありがとうございます。それでは……最後に」
「この学園の中心となる、“学園長”を──選びたいと思います」
場が静まり返った。誰も手を挙げようとしない。
沈黙が長引く。
「……あたし、いいこと思いついたにゃ!」
ミミが手を挙げて笑う。
「こういう時は、じゃんけんで決めたらいいにゃん!」
月が苦笑する横で、気づけば場の空気が和んでいく。
そして数分後──見事に勝ち抜いたのは、神崎だった。
「ほっほっほ……じゃんけんの勝者として、引き受けさせてもらおうかの」
「これで、エルミナ学園の土台が整いました」
月が、静かにそう口にした。
「ここから──私たちの、新しい学び舎が始まります」
誰もが黙って、けれど力強く頷いた。
この時から、エルミナ学園は動き出したのだった。




