表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第4章『終焉の茶会、黒板と木槌とDIY』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/161

05.祈りの記憶を超えて

霧の中、月の身体が音もなく沈んでいく。意識ははっきりしているのに、足元の感覚はすでに地を離れていた。


視界は霞み、世界が白く塗り潰されていく。やがて、浮かび上がる──光の断片。


自分が、自分でなくなっていく。そんな感覚に包まれながら、月はゆっくりと目を開いた。



──第一の記憶。


そこは、荘厳な神殿だった。


白い衣を纏った少女が、祭壇に跪いて祈っている。両の手を胸元に重ね、ただ静かに、ただひたすらに祈るその姿は──まぎれもなく、月の“前世”だった。


突然、大地が揺れた。地面が裂け、城壁が崩れ、人々の叫びが響き渡る。祈りの最中、少女は一歩も動かない。だが、祈りに呼応するように、災厄が街を呑みこんでいく。


兵たちが落ち、民たちが逃げ惑う中──彼女はただ祈っていた。



「……私の祈りは、こんなものだったの……?」



月は、遠くの自分を見つめながら、かすれた声を漏らした。



──第二の記憶。


王国の広間。玉座の下、神託を下す存在として、同じ少女が立っている。



「この地に天罰を。主の名のもとに、裁きを」



祈りが終わると同時に、空から無数の光が降り注ぐ。敵国の街が、一瞬にして燃え上がった。


黒煙、焼ける叫び、逃げ惑う人々──そして、それを見下ろす玉座の者たちと、無表情のまま祈りを続ける少女。



「やめて……もう、見たくない……!」



月の声が震える。目を背けても、光景は消えなかった。



──第三の記憶。


群衆の怒号。木製の柱に縛られた女性がいる。その姿も、月の“前世”だった。



「この女が災厄を招いた!」「月の祈りは呪いだ!」「燃やせ! 呪われた魔女を!」



火が放たれ、炎が身体を包む。だがその中で、彼女は──微笑んでいた。



「どうして……笑ってるの……私……」



涙が零れ落ちる。月はただ、その場に立ち尽くしていた。


──断片的な光景が、矢継ぎ早に過ぎ去っていく。


氷の祈り。村が凍りついた。湖の祈り。水が引き、干上がる大地。


神として崇められ、やがて捨てられる。人々に奉られ、利用され、呪われ、忘れられる。


否応なく“神具”として祈り続けた過去たち。



「私って……誰? 私……だったもの……」



月は膝をついた。名前も、声も、自我も、すべてが揺らいでいく。


──その時だった。



「お姉ちゃん……」


微かな声が響いた。


「過去がどうあろうと、お姉ちゃんは、お姉ちゃん、なのだ」「オレが知るのは、“今”のお姉ちゃんなのだ」


帝の声。


それに重なるように、別の声が続く。


「姉さん、戻ってきてよ」「過去の記憶なんかに、姉さんは飲まれないでしょ?」


カノンの声。



「……ありがとう」


涙を流しながら、月は顔を上げた。



「わたしは、わたしとして、生きる……!」



白い光が満ち、記憶の世界が静かに崩れはじめる。祈りに支配された過去を後にして、月の姿がゆっくりと淡く、光の中に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ