03.流転、そして焼け野原
夜の道を、三つの影が進んでいた。
風が吹けば、カノンの髪が揺れ、月の銀髪が月光を跳ね返す。
帝は無言のまま、懐から地図を取り出して方角を確かめた。
──聖教会からの脱出から、三日。
彼らはただひたすら、西へ、西へと歩き続けていた。
「姉さん、こっちで合ってると思うんだよね。なんか、“ここだ!”って感じがするんだ!」
カノンが振り返って笑う。
根拠はないが、誰も否定しなかった。
帝は荷を背負い、わずかに歩調を緩める。
それを見た月が、小さく呟いた。
「……ありがとう、帝」
その言葉は、確かに届いたはずだった。
だが、帝は無言のまま目を逸らした。
不思議な距離。
けれど、確かに傍にいる。
その沈黙に、月は何も言わず、歩を重ねた。
──だが、平穏な旅など、月の“不運”が許すはずもなかった。
最初に崩れたのは、橋だった。
渡ろうとした瞬間、木がきしみを上げ、次の瞬間には轟音とともに崩れ落ちた。
「ギリギリセーフ! 姉さん、運いいじゃん!」
「わたし……落ちてたよ。帝が掴んでくれなかったら……」
次は食料。
保存していた干し肉は青黒く変色し、パンはなぜか凍っていた。
さらに夜営。
張ったばかりのテントは突風で吹き飛び、その後に出火。
地面は燃え、焚き火どころではなかった。
「くっさ! これ焚き火じゃないよ! なんで火ぃ出るのさ!」
「わたし、火なんて使ってな──……」
月が呆然と立ち尽くす中、帝が無言で水の魔法を展開し、炎を鎮めていた。
トラブルは続く。
歩いていた道が、ある地点で突然消えた。
霧の向こう、踏み跡は空中でちぎれたように途切れている。
「もう道が現実逃避してる……姉さん、やっぱりこれ、穢の残りじゃない?」
「……カノン」
「ごめん」
終始、トラブル尽くし。
けれど──そのすべてを、誰かが支え、誰かが笑い、誰かが黙って受け止めていた。
そしてようやく、目的の街が見えた。
「ここが……エルノア……?」
月がぽつりと呟く。
かつて賑わい、種族の垣根を越えて人が交わる“最果ての楽園”。
しかし今、その姿は──違っていた。
街の入口には焦げ跡。
道のあちこちには、まだくすぶる炎と黒く変色した地面。
まるで、何かが爆ぜた後のように。
──それでも、住人たちは騒がなかった。
老人は椅子に腰かけて煙草を吸い、子供たちは火花の傍で遊んでいる。
焼けた屋根の下、パン屋の娘は変わらず客の応対をしていた。
誰も、“異常”を異常と思っていない。
「……おかしいね?空気が普通すぎるというか……」
カノンが低く呟く。
帝は黙ったまま、周囲を見渡した。
街の中心部──ギルドがあるはずの場所。
そこは、特にひどく焼けていた。
地面は黒く焦げ、建物の輪郭はもはや影だけ。
まだ熱の残る石畳が、崩れた姿を晒していた。
「……いないね」
カノンの声に、月は返さない。
ただ、じっと、焦土の中心を見つめていた。
その横顔を見ながら、カノンがそっと笑う。
「……うん、だいじょぶ、姉さん。たぶん、ね」
そう言って、火の残る石畳の上を歩き出す。
焦げた空と沈黙のなか──物語の第一章は、静かに幕を下ろす。
次章
第2章『終焉の茶会、再建始動』
は、7月3日 朝8時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。