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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第4章『終焉の茶会、黒板と木槌とDIY』

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04.月に課せられし試練

陽が傾きはじめた工房の庭先に、ふわりと薬草の香りが立ちのぼった。枝に吊るされた乾燥中の草が風に揺れるなか、小さな影がしゃがみこみ、調合器具を並べている。その横で、大柄な男が黙々と木材の束を積み上げていた。柔らかな風と、静かな気配。そこへ──。



「……失礼します」



控えめな声と共に、月が姿を現した。初めて見る顔。だが、その佇まいには一切の油断も威圧もなかった。



「あなたがたに、お願いがあって参りました」



言葉を丁寧に選びながら、月は図面の入った筒を静かに掲げる。



「この街に、学び舎を作りたいのです。誰もが怯えることなく、知識を得られる場所を」



少女──ミミは、手を止めて月をじっと見つめた。そして、にこっと笑った。



「ふにゃ……あたし、そういうの、好きにゃ!」



隣で木材を運んでいた男──グレンは、ゆっくりとこちらに向き直り、静かに頷いた。


月は深く頭を下げる。その礼に、二人は何も言わずに応えた。





──日が沈みはじめる。


月は再び歩き出す。今度は、あの霧深い場所へと。


夜が深まり、霧が地を這う。月は一人、旧神社跡と呼ばれる場所へと足を踏み入れた。朽ちかけた鳥居。苔むした石段。遠くで風の音がする。


境内の奥に進んだ瞬間──。


ぼっ、と灯籠に火が灯る。霧の帳が揺れ、その中央に一つの影が浮かび上がった。


──夜行やこう


妖怪たちを束ねる者。その眼差しは、暗く深い闇を宿している。



「……よく来たな、“聖女”よ」



低く、冷えた声。


月は一歩進み、膝をついて礼をとった。



「妖怪たちの学びの場を作りたく、参りました。どうか、お力添えを──」


「ふん……おまえの“祈り”で、我が父母は塵と化した。忘れたとは言わせん」



その言葉に、月は静かに顔を上げる。



「……覚えていません。けれど、あなたがそう言うのなら、きっと本当なのでしょう」


「言い訳もしないのか」


「できません。私に記憶はなくとも、それを受けるのは今の私です」



沈黙。長い、凍てつくような間が流れた。


やがて夜行は、ゆっくりと一歩、月へと近づいた。



「……ならば、“過去”と向き合う資格があるか、確かめてやろう」


「……試練、ですか」


「一つ、与える。命に関わるものではない。だが……精神を削るぞ」



月は躊躇わず、頷いた。



「受けます」


「戻った時、まだ貴様でいられるのなら──その時は、考えよう」



その声が終わると同時に、霧が一斉にざわめいた。気配が集まり、渦を巻く。その中心に、月の姿がゆっくりと沈んでいく。


──そして、夜行は一人残される。


その場に立ったまま、月が消えていった方向を見つめながら、ぽつりと呟いた。



「果たして“今”のおまえが、過去を超えられるか……見せてみよ、月」

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