09.勝利のあとに待つ悲鳴
「やった………。夏休みの宿題、終わった……」
「俺たちは勝ったんだ!」
夜の街に、弾けるような声が響いた。
疲れ切った顔のまま、それでも達成感に包まれた生徒たちの笑顔が、家々の灯りに照らされている。
小さな勝利宣言は、夏の夜風に乗って静かに消えていった。
*
その頃。
月は自室の窓辺に立ち、夜空を仰いでいた。
「…………やっと終わったようですねぇ」
窓の外には、星明かりと、繰り返した“夏休み最後の日”の終焉を告げる静けさが広がっている。
「………繰り返すこと三十日ですか。まったく……しようのない子どもたちですね〜」
微笑ましくも呆れたように肩をすくめ、彼女は静かに吐息をもらす。
その瞳には、ただの優しさではなく、どこか達観した光が宿っていた。
「覚えているといいんですけどねぇ………。」
職員室の金庫にしまってある“夏休み明けテスト”を思い浮かべると、口元が僅かに弧を描く。
「明日は、生徒たちの……いい悲鳴が聞こえてきそうですねぇ」
窓の外に広がる星空に向かって、楽しげにそう告げる声は夜風に溶けていった。
*
一方その頃。
「帝〜。亀さん元気になってきたね〜」
カノンの無邪気な声が、夜の寝室に響く。
布団の上では、甲羅を撫でられてご満悦そうな神亀が、ゆっくりと首を動かしていた。
「………その神亀、どうするつもりなのだ?」
帝は枕に頭を沈めながら、隣で世話を続けるカノンに問いかける。
「んー………まあ、どうにかなるでしょ」
カノンは悪びれることなく笑った。
「はあ……好きにするのだ。明日から学校なのだ。早く寝るのだ」
帝の口調は呆れ半分、諦め半分だ。
けれど、その声音にはどこかカノンを放っておけない優しさが混じっている。
「はーい。おやすみー。すや」
返事をしたと思えば、カノンはそのまま帝のベッドに潜り込み、すぐに寝息を立て始めた。
「…………そこは俺のベッドなのだ」
帝は額を押さえ、小さくぼやいた。
それでもカノンを無理やり追い出すことはせず、そっと隅へ押しやって横になる。
神亀のゆるやかな呼吸音と、カノンの寝息が重なり合い、部屋には奇妙に穏やかな夜が流れていた。




