10.その扉が開くとき
学園内は、静けさに包まれていた。
試練の扉が開かれてから、今日で三日目。
校庭に設置された魔力石空間──そこに生徒たちは一人ずつ入っていった。
誰一人、まだ戻ってこない。
「毎日祈ってますけど………。なかなか戻ってきませんね……」
静かに呟いたのは、数学担当の橘 葵。
メガネの奥の目元が、少しだけ曇っている。
「今年の生徒はのんびりさんが多いにゃ」
そう言って尻尾を揺らすのは、猫獣人のミミ。
明るく言ってはいるが、耳はぴくぴくと落ち着かない。
「……あら、でも締め切りまであと四日よ?」
九尾のカグラがそう言って笑うと、光の大精霊セレナがふわりと現れた。
「…………悠久の時を生きる私ですが………。この授業だけは……不思議と、とても長く感じてしまいます」
皆、表情には出さないが、同じ思いなのだろう。
そこへ、昼食を持った月が現れた。
「お疲れさまです〜。今日はオムライス作ってみました〜」
「聖女ちゃんの手料理、最高だね」
鬼影が笑いながら箸を伸ばす。
「はいはい。褒めても何も出ませんよ」
軽くあしらいながらも、月の動きは止まらない。
食事を並べ、飲み物を補充し、教師たちに自然と声をかけていく。
帝もカノンも、今なお試練の中にいる。
それでも──
(信じてますから。あの子たちのこと)
月は今日も笑顔だった。
エルフの教師の一人が、ぽつりと呟く。
「………毎年………この三年間、同じ想いを……?」
教師たちは、静かにうなずいた。
「俺、この授業?? 初めてだけどさ。凄く考えるよな〜」
鬼影が口を開くと、月はオムライスを盛りながら答える。
「魔力石なんて普通は勝手に取りに行きなさい、ですからね。
授業の一環として……しかも命の危険を知った上で行かせるなんて………ありえませんからね」
その言葉に、鬼影もエルフたちも言葉を失った。
「それに、魔力の使い方なんて……わざわざ学校で習うことではないですからね……。
皆、適当に師匠を選んで教えてもらう。それが当たり前ですから」
月の声は、柔らかく、しかし静かに響いた。
「魔力に呑まれて亡くなる子もいる世界です。少しでも……私たち大人が導かなければ……」
エルフの教師は、静かに目を伏せた。
(我々は………共存すると言いながらも、心のどこかで他種族を見下していたのだろう……)
そのとき──
「…………………あ…………」
月が立ち止まり、顔を上げた。
「どうした?」
夜行が静かに問いかける。
「扉が……開きます」
その声に、教師たちは一斉に立ち上がった。
校庭へと向かう足音が、静寂を破る。
試練の扉は、今まさに──
ゆっくりと、音もなく開こうとしていた。
次章
第16章『終焉の茶会、三十通りの挑戦状』は、
10月10日 20時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。




