06.降ってきたのは、光か災難か
森は、静かだった。
誰の声もしない。鳥も鳴かない。
空気は冷たく、地面はぬかるみ、風はどこか生ぬるい。
帝はその中心で、ただ立ち尽くしていた。
「……なんで……オレは、また生きているのだ……?」
小さな声が、誰に届くでもなく、こぼれ落ちる。
「何のために……生まれたのだ……?」
足元の土がぬかるむ。
重く、沈み込むような感覚が足裏から這い上がってくる。
「不出来な存在。不要の産物。いなくても……いい存在なのに……」
帝は、歩みを止めた。
「……このまま……消えたほうが楽なのだ……」
木々の影が濃くなる。
森の気配が、帝を包み込むように、静かに、だが確実に、濃度を増していく。
まるで“帝”という存在を飲み込もうとしているようだった。
──そんな時だった。
「みーかど。いつまでそこにいるの? 早くこっち来なよ」
帝は、はっと顔を上げる。
「……!?」
その声は、聞こえるはずのないはずの声だった。
いるはずのない、あの声。
「帝ってさぁ……頭でなんでもごちゃごちゃ考えるよね〜」
「考えて考えて……考えすぎて。何がなんだか分からなくなって。諦めて……」
「……うるさい……のだ……」
帝は顔を伏せ、呟くように言う。
だが、その声は止まらない。
「僕、頭悪いからさあ……難しいこと言われてもわかんないけど。
…………でもね? 帝が思ってること、ちょっとだけ読めちゃうんだよ?」
思い出す。
カノンは、小さい頃──人と話せなかった。
人の心が読めてしまったから。
それは祝福ではなく、呪いだった。
他人の怒り、恐れ、欲望。
まだ幼かったカノンの心には、重すぎた。
いつも怯えて、誰とも話せず、隅にうずくまっていた。
そんなカノンのそばに、帝はいた。
「……ボクが、そばにいたから、帝は一人じゃなかった……?」
「ちがうのだ。……オレが、そばに“いてやった”のだ」
「ふ〜〜ん。……そうだったかもね」
冗談のようなやりとり。
けれど、それは確かに、あたたかい記憶だった。
「ねえ、帝。」
「……なんなのだ……」
「僕を、ちゃーーーんとキャッチしてね?」
「は???」
次の瞬間、声が途切れ、周囲の景色が一変する。
森が、音もなく消えた。
視界が、ぐわりと開ける。
空。
「……え? え?????」
困惑する帝の耳に、再び聞こえる“あの声”。
「どこからか、あいつの声が……」
上を向いた。
「…………っ!」
カノンがいた。
笑顔で、手を振りながら──
ものすごい勢いで、急降下してきていた。
「キャッチできるかああああああああ!!!!!!!」
「あと少しで降りるからちゃんとキャッチしてね〜〜〜〜!!」
空から降ってきたのは──
光か、災難か。




