05.雷の記憶と、問えぬ答え
森の奥は、静まり返っていた。
他の誰もいない、木々に包まれた深い深い場所。
カノンと別れた帝は、一人でそこへ向かっていた。
「………………あそこを……思い出すのだ」
足元の枝葉を踏みしめながら、帝は静かに呟いた。
──神の国の記憶。
まだ自分が“神”だった頃の記憶。
神の国では、“核”を持たぬ者は不完全な存在とされた。
帝もまた、その例外ではなかった。
神の核を持たず、ただ雷の力だけを宿していた帝は──
他の神々にとって、いびつで、目障りで、鬱陶しい存在だったのだ。
だから帝は、“選ばれていた”。
遊びという名の、拷問に。
──あの日もそうだった。
神力を封じられた状態で、魔物の巣窟に放り出された。
「運が良ければ、生き残れる」
「運が悪ければ、死ぬだけだ」
それが彼らにとっての“娯楽”だった。
見目麗しい天使や、核を持たぬ神々。
そんな“対象”たちが次々と送り込まれ、そして──消えていった。
帝もそのひとりだった。
「………反撃なんかしようものなら………もっと酷い目にあうのだ………」
それでも、一度だけ。
本当に一度だけ──反撃したことがあった。
獣のように打ち据えられ、泥にまみれ、痛みに耐えかねて。
その瞬間、感情の糸がぷつりと切れた。
「お前ら……喰らえ……!」
そう叫んで振り上げた手から、雷光が走った。
狙ったのは、自分を笑っていた神だった。
だが──その前に、別の影が飛び出した。
「………あ………」
光の中で、その姿を見た。
月だった。
帝の“お姉ちゃん”。
神の国で、誰よりも孤独だった存在。
「そいつを……庇って……」
彼女は、帝の雷をその身で受け止めたのだ。
ためらいなく。迷いなく。
「……………なんで………」
雷は彼を貫かなかった。
代わりに、彼の中に深く根を下ろした。
──それ以来、帝は“攻撃”ができなくなった。
誰にも。
何者にも。
魔物にも、敵にも。
そして今も。
「…………なんで………あの時、お姉ちゃんは……」
問いただしたい気持ちは、確かにある。
今でも、胸の奥が熱くなるほどに。
けれど──
「……お姉ちゃんには、記憶がないのだ……」
わかっている。
だからこそ、言えない。
言いたくて、言えない。
「………………ならば……オレも、問わぬのだ」
それは、覚悟でも諦めでもなく。
ただ、ずっと抱えてきた想いを──また、心の奥にしまい込むだけだった。




