09.積み重ねた覚悟と、前を向く者たち
朝の職員室。
窓から射し込む光が、静まり返った空間をやわらかく照らしていた。
その中心には、きっちりと重ねられた書類の束。
それは中等部1年生30名分、魔力石取得実習への「保護者同意書」である。
シルフがそれを手に取り、一枚ずつ目を通す。
そして、隣で紅茶を啜るカグラに目を向けた。
「……カグラ先生のところも、揃ったんだ」
カグラはにっこりと微笑み、まるで他人事のように軽く返す。
「んふふ……まあねぇ………子供たち、よく頑張ったわ」
そのやりとりを聞きながら、月が自分の机に積まれた書類を丁寧に整える。
そして、静かな口調で報告した。
「はい、三十名分、きっちり揃いました。確認完了です」
しばし、室内に沈黙が流れる。
そして、誰からともなく、空気が少しだけ重たくなっていく。
セレナがぽつりと口を開いた。
「二年間……やってきましたけど、慣れませんね……こればかりは」
ラットンが同意するように頷き、低い声で続ける。
「命を預けているはずの学校で……命を落とすかもしれない授業を行うのだから……当然といえば当然なのだが」
ミミは緊張した面持ちで、不安げに手を握りしめながら言葉を継いだ。
「あたし……魔術の適性が無いからよくわかんにゃいけど……怖いね……。ほんとに……」
グレンは何も言わず、ただ重々しく頷く。
橘も小さくため息を吐いて、そっと漏らす。
「信じるしかないって……辛いです……」
教師たちの視線が、自然と月へと向かう。
その中心で、月は一つ深く息を吸い込み、真っ直ぐに彼らの目を見つめながら語り出した。
「魔力を扱うことを教える学校は……ほとんど存在しません。
魔力に飲まれて命を落とす子……正しい力の使い方を知らないまま、暴走してしまう子……。
そういう子たちを守るために、私たちが教えなくてはいけないんです。
……私たちは、立ち止まれません。前に進むしか、ないんです」
その声は静かで穏やかだった。
だが、一切の迷いも、揺らぎもなかった。
それを見守っていた、教室の隅にいたエルフの教師が、静かに目を伏せる。
(……これが……教師という者たちの覚悟……)
(我々は……思い上がっていたのかもしれない……)
月は再び、机の書類の束に視線を落とし、それを丁寧に整え直す。
その手は確かな意志をもって動き、まったく揺れない。
視線の先には、まだ見ぬ未来。
そしてそのまま、静かに場面は暗転する。




