08.許可と覚悟と、家族のサイン
夕暮れの空に赤みが差すころ、生徒たちは一斉に校門を出ていった。
手には「魔力石取得実習」の保護者同意書。
顔には、不安、緊張、諦め、期待……さまざまな感情が混ざり合っていた。
* * *
人間の少女──生徒Aは、自宅の扉を開けてすぐに母親へ書類を差し出した。
「お願い。これにサインして。どうしても行きたいの」
少女の目は潤んでいた。
それを見た母親は、きっぱりとした声で応える。
「……ダメ。危険すぎるわ。あなたに何かあったら、お母さん──」
「行かせてよ!!」
少女は、思わず叫んでいた。
「私、本気なの! この学園で……ちゃんと魔術師になりたいの!」
母親は数秒、黙って娘を見つめ──やがて深いため息をついた。
「……本気なのね」
少女は頷く。
母親は書類に目を通しながら、最後にこう言った。
「なら……無事に帰ってきて。お願いだから」
少女の目から、涙がこぼれ落ちた。
* * *
生徒B──猫の耳を持つ獣人の少年は、豪快な父親と静かな母親のもとへ戻った。
「ただいま。これ、学園から」
「ほう! 試練か!」
父親は書類を見るなり豪快に笑った。
「男なら一度は通る道だな!」
「……うん、頑張る」
横で見ていた母親が、少し寂しそうに微笑む。
「……行ったら、1週間は会えないのね」
「せめてもの気持ちに、お弁当……作っておきたいけど、空間の中じゃ食べられないのよね……」
少年は小さく頷いた。
「うん……でも、ありがとう。気持ちだけでも、ちゃんと受け取る」
母親は優しく息子を抱きしめた。
父親は笑いながらサインを記し、背中をどんと叩いた。
「心配いらん! お前ならやれる!」
* * *
ドワーフの少年──生徒Cは、帰宅と同時に元気な声をあげた。
「かーちゃん! とーちゃん! オレ、試練に行くって!」
「おお、ついにか!」
「よし、さっさと石拾ってこい!」
父親は豪快に笑い、母親もノリノリだった。
「終わったら伝説の鍛冶師に頼まないとな!武器にしてやるからな!」
「うっす!」
* * *
一方、万里、クロマ、ラミリス、ゴローの四人はギルドで過ごしていた。
既に魔力石を取得済みの彼らは、書類提出の必要はない。
だが、月から「念のため確認を取っておいて」と念押しされていた。
「まあ、問題ないっしょー」
クロマが肩をすくめる。
「だと思うけど……一応、家には伝えておこうかな」
万里も軽く頷いた。
「ぼくは孤児だしな……まあいいか〜」
ラミリスは寝転がりながらプリントを指で弾く。
「オレ……家、ないんだけど……」
ゴローのひと言に、三人は静かになった。
* * *
夜の職員室。
窓の外には、星が静かにまたたいている。
誰もいない空間に、紙の音が響く。
机の上に並べられた2通の保護者同意書。
そこには──「帝」と「カノン」の名前が並んでいた。
その書類を見つめながら、月はしばらく沈黙していた。
やがて、静かにペンを取り上げる。
「この子たちに……未来があるなら」
さらさらと、力強くも迷いのない筆致で、月はサインを書き込んだ。
* * *
最後に、月は職員室の天井を見上げた。
そこには何もない。ただ、夜の闇が広がるだけ。
しかしその瞳は──どこか遠く、誰かの明日を見ていた。




