04.水面を渡れ
春の陽光が、天井のガラス越しに柔らかく射し込んでいた。
屋内プールには薄く蒸気が立ちこめ、水面がきらきらと揺れている。
生徒たちは二列に整列し、今日の実技授業を前にそわそわと身じろぎしていた。
中等部1年生たちの列はにぎやかだが、その隣──留年組の面々はやけに暗い顔で黙りこくっている。
「……あああ……またこの授業……」
「思い出したくもない……」
そんなつぶやきが風に乗って届いてくる。
「まさか……」
万里が目を細めて留年組を見やる。
「うん、たぶん……嫌な予感しかしないんだよ」
クロマが肩をすくめる。
「ギルドで昔やった、あれ……だよね」
ラミリスも目を伏せた。
「…………嫌な授業なのだ……」
帝が遠い目をしてつぶやく。
「え? 今日は泳ぐのか?」
ゴローが不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの? 帝」
カノンが無邪気に問いかける。
* * *
やがて、教員陣が姿を現した。
「これより魔術コントロールの授業を行う。今回は二クラス合同で実施する」
シルフが前に立ち、厳かな声で告げる。
「実技補助として、エルフの先生方にご協力いただきます」
カグラが続けると、生徒たちの間にどよめきが広がった。
「先生……これ、まさか……」
万里が低く問いかける。
「なんだ?」
「足の裏に魔力を均一に溜めて……プールの水面を渡れってことですよね」
にやりと、シルフの口角が上がった。
「よくわかったな」
「やっぱりなんだよ!」
クロマが頭を抱える。
「ギルドでも昔やったな!」
ラミリスが叫ぶ。
「成功したことないけどね!」
万里が冷静に言い放つ。
「オレ、やったっけ?」
ゴローが首を傾げる。
「なんで覚えてないんだよ!!バカ!!」
三人が揃って叫んだ。
* * *
エルフの教師が、静かに前へ出る。
「このように、足裏に魔力を集中し、均一な出力で水の上を歩く」
「出力が弱すぎれば沈む。強すぎれば弾かれる」
「必要なのは、ただ一つ。いい塩梅だ」
その言葉どおり、教師はすっと水面へ足を乗せた。
足元から波紋一つ生じさせることなく、滑るように数歩を進んで岸へ戻る。
生徒たちの間に、感嘆のどよめきが広がった。
* * *
いよいよ実技が始まった。
次々と水面へ挑む生徒たち。
沈む者、跳ねてしまう者、惜しいところまでいく者……。
その中で、猫の耳としっぽを揺らした小柄な少女が、一歩を踏み出した。
「……出来る……絶対に……濡れたくない……」
自分に言い聞かせるように、少女は静かに一歩目を進める。
二歩目……水は揺れるが、沈まない。
三歩目に差し掛かった、その瞬間だった。
ぴしゃり。
足先が沈みかける──が、彼女は反射的に大ジャンプを繰り出した。
「いやあああ!!! ぬれたくなぁぁぁぁい!!!」
その跳躍は常識を超えていた。
プールの向こう岸まで、弧を描いて飛び──水しぶきと共に着地。
……一瞬の静寂。
ぱちぱちぱち、と拍手。
「……理論的には正しい。よく跳んだ」
エルフ教師が真顔でうなずく。
「執念だな……」
シルフも感心したようにぽつりとつぶやいた。




