01.始まりの三人
朝の職員室は、いつも通りの慌ただしさに包まれていた。
開いたままの資料が山のように積まれ、カップから立ち上る湯気の香りが、かろうじて一日の始まりを思い出させてくれる。
月はその中央で、膨大な書類を手際よく仕分けしていた。
教員たちはそれぞれ登校準備に追われ、誰一人として無駄口を叩く余裕はない──はずだった。
「…………?」
不意に、扉がノックもなく音もなくスッと開いた。
視線が集まる。
静寂が降りる。
「おはようございます」
先頭に立っていたのは万里。
そのすぐ後ろにはクロマとラミリスが並んでいた。
ギルドから派遣された三人。
だが、その登場はあまりにも唐突で、そして重苦しい沈黙を連れていた。
「──待ってました。御三方」
月がぱっと顔を上げ、にこやかに言った。
「マスターからの依頼で──中等部へようこそ!」
万里が嫌そうに眉をしかめる。
「……なんであたしたちが、こんな……」
クロマもため息交じりに首を振った。
「依頼っていうけど……これは仕事じゃないんだよ」
ラミリスは眠たそうに欠伸をしながら、ぼそり。
「ボク、夜勤明けなんだけどな〜……」
月はにっこりと笑って、朗らかに言い放った。
「というわけで、3人のクラスですが──面倒くさいので、ゴローさん、帝、カノンと同じクラスです!」
一瞬の間をおいて、教員たちがどよめく。
「中等部1-Aへ行ってください!」
「ちょっと待て! 初耳だが?!」
突然声を上げたのは、風の大精霊シルフだった。
浮遊したままこちらへ詰め寄る。
「報連相って知ってる?」
「あ、すみません。大事なこと言うの忘れてました……」
「……なに」
「3人とも、魔力コントロールは下手です」
シルフの動きが止まり、ぴたりと静寂が落ちる。
橘が遠くの席で、静かにぼやいた。
「……マジか……」
──場面は廊下へ移る。
無言のままシルフが3人を連れて職員室を出ていった。
足音だけが響く中、しばらく誰も言葉を発しない。
教室の前でようやく、ラミリスが小声で呟く。
「ねえ、今の先生、もしかして怒ってた?」
「いや、正しい反応なんだよ……」
クロマがぽつりと答え、万里は大きくため息をついた。
「……はぁ……最悪」
──その頃、職員室では。
教員たちが静かに、去っていったシルフの背中を見送っていた。
残された空気は重く、微妙な緊張が張り詰めている。
エルフ教員の一人が、険しい視線を月へと送る。
その様子に、カグラが口元を歪めた。
「えげつない配属ねぇ……」
橘も手元の資料をぱたんと閉じて、肩を落とす。
「ていうか、あの3人、まともに授業受ける気あるんですか?」
「大丈夫ですって〜。なにごとも経験ですよ〜」
まるで文化祭の準備でもしているような調子で、月は笑って返した。
誰もが疲れたように、自分の席へと戻っていく。
けれどその中で、月だけは一人、どこか楽しげに目を細めていた。
──始まりの鐘は、もう鳴っている。
この学園の「日常」は、まだ静かに、しかし確かに動き始めていた。




