06.赤い瞳の魔王
エルフたちの連携魔法が炸裂する直前だった。
空気が、変わった。
静寂を破ったのは、燃え上がるような轟音と共に広がった――黒い炎。
「な、なんだ!?」「魔法……? 炎!?」「いや、魔術が……焼かれて……」
教師陣から悲鳴めいた声があがる。だが、それに応じるような気配は、闘技場の中央からは発せられない。
ゆらり、と。
月が顔を上げる。
その瞳は、赤かった。
燃えるような、怒りの色を宿したその目に、場内の全員が息を呑む。
「……え???……赤い瞳?」
カノンがぽつりと呟く。
「お姉ちゃん、炎使えないのだが……?」
帝の困惑が続く。
黒炎が舞う闘技場の中央。
そこにいたのは、月ではなかった。
「ごきげんよう。はじめまして、セレスといいます。憤怒の魔王といえばわかりますか?」
月の口から発せられたその声は、いつもと違う低く落ち着いた調子だった。
その笑みは穏やかで、どこか懐かしさすら感じさせる。
「……なぜ、私が彼女の中に??ですか?……それはですねぇ……私が死ぬ間際に、月さんの中に、憤怒の魔王の核を忍ばせておきました。おかげで私は2度と生まれ変われませんけど………。ですが、彼女を通してすべてを観て守ることができます」
闘技場内に、張り詰めた沈黙が流れる。
「ああ、今まで表に出なかったのは、核が彼女に定着していなかったのと………彼女が心の底から助けてって言わなかったからですよ?」
セレスは、少し寂しげに笑う。
「でも………今回は違う。彼女を意図的に、意志を持って怪我をさせました。そして、血を流させた。………私、彼女が傷つくの大嫌いなんです」
エルフたちが動揺する暇もなく、セレスは一歩、前に出た。
黒い炎がその足元から立ち昇る。
手をかざすと、炎が刀の形を取る。
次の瞬間、黒い刃が空を裂き、エルフたちへ向かって振り下ろされる。
「くっ……!」
エルフの一人が高位障壁を展開するが、それすらも黒炎に飲まれる。
絶叫が響いた。
「このままでは……!」「おい、あれ、本当に月先生か!?」「嘘だろ……」
教師陣が混乱する中、グレンは自分のクラスの生徒たちの前に立ちはだかる。
「下がってろ」
「グレン先生!」
生徒たちの間に、尊敬と恐怖が交錯する。
そのときだった。
黒炎の刀が止まる。
セレスの表情が揺れる。
「……彼女が“殺さないで”と言うので止めます。」
刀が霧のように消えていく。
「今日はこのへんで引き下がりますが、私、全部見てますから。……あ、樹さんには内緒で」
最後にいたずらっぽく笑って、セレスの気配が月の中へと沈んでいった。
力が抜けたように、その場に膝をつく月。
闘技場の床は焦げ、魔法陣の残骸が黒く焼け焦げている。
「え……? なにが……?」
月は周囲を見渡すが、記憶は曖昧なままだ。
そして、残ったエルフたちは、無言で地に膝をつき、頭を垂れた。
「申し訳ありませんでした……」
場内の誰もが、言葉を失っていた。




