01.進級と再編、春の知らせ
春の陽が差し込む職員室には、のんびりとした空気が流れていた。
──春休み、終了まであと二日。
本来ならば子どもたちの姿もなく、束の間の静寂が訪れるはずの学園内。
しかし、職員室には何人もの教師が集まり、それぞれの持ち場で作業に追われていた。
教科書の山とプリントの束。進級処理に備品の整理。
見渡せば、誰もが手を止めることなく、淡々と準備にいそしんでいる。
そんな空間に、ひょっこりと銀髪の少女が姿を見せた。
「本日は〜、新年度のクラス編成のご案内でーす」
にこやかな笑顔と共に現れたのは、学園事務を一手に担う少女──月だった。
白金の瞳をゆるく細めながら、くるくると丸めた紙束を手にしている。
「えーとですね、新しい編成表はこっちに貼りますね〜」
掲示板の前に立つと、手際よく数枚の紙を広げて貼り付けていく。
その瞬間、休憩していた柊と橘が目を留めた。
「お、来たか。どれどれ……お、うちのクラスは――え? 二組?」
「中等部一年、二クラス体制……? え、担任が……カグラ先生と、シルフ先生……?」
「あはは、急に生徒数が増えちゃって。お二人には事前に了承いただいてますので〜」
さらっと流す月に、柊は苦笑いを浮かべた。
「そういや、春休みの前に話してたっけな。けど、まさか本当に増えるとは」
「ようやく進級、ですからねぇ」
掲示板を見ながら、ミミが呟いた。
「中等部二年、十名か……あたし、ほんとに心配してたんだからにゃ」
グレンが無言で小さく頷く。
「一年かけて、ようやく十人全員が進級。感慨深いですねぇ」
神崎が椅子から軽く身を乗り出し、楽しげに口を開く。
「ふぉっふぉっふぉ、まさか全員がちゃんと進級できるとはのう……わしは途中で何人か消えるかと思っておったわい」
柔らかな笑みと共に語られる老人口調に、周囲は苦笑いを浮かべる。
「そういえば、進級の基準って何なんですか?」
ふと橘が問いかけると、柊も首を傾げる。
「確かに。俺たち、テストとか見た覚えないんだけど……?」
「あれ? 説明してなかったでしたっけ?」
月はそう言いながら、紙束を片付けつつ振り返る。
「進級の条件は、魔力コントロールがちゃんとできることですよ〜。魔術師としての基本ですから」
「なるほどにゃ。暴走されたら困るにゃ」
「ですです。暴走すると危険ですから、そこだけは厳しめにしてるんですよ〜。えへへ」
のんびりとした口調で語る月に、神崎が肩をすくめる。
「うむ……月先生というのは、考えてなさそうで、ちゃんと考えておるのう……油断ならんぞい」
「ほんとにゃ。あたし、てっきりその場の気分かと思ってたにゃ」
グレンは静かに頷いたまま、言葉を発することはなかった。
「みなさんの信頼に応えられて光栄です〜」
月がにこにこと頭を下げると、職員室にわずかな笑いが広がった。
しかし、その空気を切るように月が口を開く。
「なお、新しい担任の発表は――始業式当日のお楽しみです〜」
「……お楽しみ?」
「って、オチそれかよ!」
柊が叫び、橘が眼鏡を押し上げた。
神崎は肩をすくめ、ミミとグレンは顔を見合わせる。
「……また振り回されそうだにゃ」
「…………」
グレンは何も言わず、小さくため息をついた。
教師たちの間に、なんとも言えない空気が漂い――
春の訪れと共に、エルミナ学園の新たな一年が静かに幕を開けようとしていた。




