07.その一口が運命を変える
夕暮れの浜辺にある一軒の屋敷。その中では、村人総出の歓迎会が開かれていた。
長い木のテーブルには、獲れたての魚介類が所狭しと並び、潮の香りと香ばしい焼き魚の匂いが立ち込めている。
「わああ……! 海の幸ってこんなにいっぱいあるんだね! すごい! 美味しそ〜!」
カノンは目を輝かせながら、目の前の料理に両手を伸ばした。
タコのカルパッチョ、サザエの壺焼き、金目鯛の煮つけ、アワビのステーキ、謎の貝の味噌グラタン……何もかもが初体験で、しかも全部美味しそう。
対照的に、帝はきっちりと姿勢を正し、ナイフとフォークを使って焼き魚を解体していた。
「兄弟でも、食べ方がまるっきり違うもんだねぇ」
「はは、お坊っちゃんは食べっぷりも見事じゃ」
村人たちがにこにこしながら見守る中、カノンは次から次へと料理を頬張っていく。
「これも美味しいし、こっちも! あ〜、やっぱり世界は食べ物でできてるんだな〜!」
「お前は食べすぎなのだ。腹を壊してもしらんぞ」
呆れ顔の帝が箸を置いて水を口に運ぶその時だった。
「ん……? なんか、硬いの入ってた……」
カノンが首を傾げつつ、口の中から何かを取り出そうとした。
しかし――
「ごりっ」
軽快な音とともに、カノンはそのまま噛み砕き、何も気にせず飲み込んだ。
「……お前、今の音……」
「だいじょーぶだよ。僕、けっこうなんでも食べられるから。腐りかけの肉でも平気だったし〜」
「……それ、お姉ちゃんが昔、無理やり食わせてたやつなのだな……」
帝がため息をついた瞬間――部屋の空気が、一瞬だけ変わった。
どこからともなく“コクン”という小さな音が響いた気がした。
闇のような何かが、カノンの中へと吸い込まれていくような……。
しかし、それに気づいた者は誰一人としていない。
――ただ一人を除いては。
「……ん?」
カノンが自分のお腹をぽんぽんと叩いた。
「なんかね、いま、お腹の中で“動いた”気がしたんだよね」
「だから言ったのだ、食べすぎなのだ」
「うーん、そっか〜。あはは!」
そう言って、カノンはまた新しい魚に手を伸ばす。
帝は警戒を解かないまま、視線を一度だけカノンの腹部に落としたが、それ以上は何も言わなかった。
宴はそのまま、にぎやかに、温かく、進んでいった。
――その頃、遥か離れたエルノア学園の職員室では。
事務机に書類を広げていた銀髪の女性が、ふとペンを止めた。
「……?」
月は、手元ではなく、空の向こうを見上げた。
何かが、どこかで――
「……今、カノンに……何か、ありましたか?」
誰に問いかけるでもなく、ぽつりとつぶやく。
だがすぐに、苦笑を浮かべて首を横に振った。
「気のせいですね〜。はいはい、現実戻りますよ〜。次の書類っと……」
再びペンを取る月。
その目元には、ほんのわずかに、笑みが残っていた。




