06.ご馳走とご縁とご宿泊
森を抜け、夕陽の差すなだらかな丘を越えると、視界が一気に開けた。
「うわ〜、海だ!」
カノンが歓声を上げて、荷馬車の上から身を乗り出す。
目の前に広がるのは、穏やかな波音を奏でる海。夕日に照らされた水面が、キラキラと揺れていた。
「……海を見るのも、久しぶりなのだ」
帝は荷馬車の揺れにも動じず、静かに目を細める。
二人が乗った荷馬車は、救助した老夫婦に誘われて、そのまま彼らの村まで同行していた。
「お二人とも、どうぞ、最後までくつろいでくださいねぇ」
「立派なお屋敷とは言えませんが、海は自慢ですよ」
のんびりと揺れる馬車に揺られながら、老夫婦が笑顔でそう語る。
やがて村の入り口が見えてくると、数人の村人がざわめきながら近づいてきた。
「……あれは……?」
「まさか、お戻りになられるとは……!」
驚いたように駆け寄ってきたのは、立派な服を着た村長らしき男だった。
「これはこれは……領主様のご親族であらせられるお二人が、ご無事で!」
「え?」
カノンの目がきょとんとする。
「親族……?」
「ええ、こちらのご夫妻は、実は我が領の領主様のご姉弟でして。長らく旅に出られていたのですが、無事にお戻りくださるとは!」
村人たちが拍手で歓迎し始めた。
「ま、またカノンの“運の良さ”が発動したのだな……」
帝が眉をひそめながら、小さく呟く。
その夜。
村の大きな家に案内されたカノンと帝は、立派な広間に通されていた。
目の前には、ずらりと並ぶ海の幸。
焼き魚、煮つけ、刺身、貝の蒸し物、そして見たことのない色とりどりの海藻料理。
「すごい! すごいすごい!! 僕、こんなにいっぱい魚見たの初めてかも!」
カノンがきらきらと目を輝かせ、早速頬張る。
「う〜ん、おいしい〜っ!」
その姿を、帝はやれやれと見つめていた。
「……なぜこうも展開が早いのだ……」
「帝も食べようよ! 魚、柔らかくてぷるぷるだよ!」
「俺は……腹は空いておらんのだ」
そう言いつつも、帝も一口だけ口に運ぶ。
――うまい。
だが、そんな感想は表に出さず、ただ静かに料理を見つめる。
「今夜はどうぞ、お泊まりくださいな」
老夫婦の言葉に、帝はすかさず返す。
「いや、俺たちは……」
「道は危険ですぞ。夜は魔物も出ますし」
村長が慌てて付け加える。
すると――
「じゃあ、お泊まり〜!」
満面の笑顔でカノンが即答した。
帝が口を開く隙もなかった。
「……まあ、仕方ないのだな」
一方その頃、エルノア学園の職員室では。
「現実が……重い……」
机に突っ伏す柊の声が、無力に響く。
「夢の中に帰りたいにゃ……」
ミミも同じく力尽きている。
「大丈夫です! 春休み明けには始業式ですよ〜♪」
元気よく告げるのは、月だった。
そして――
「「「やめてぇぇぇぇ!!」」」
悲鳴のような叫びが、職員室にこだました。




