05.見えすぎちゃって救助日和
春の風が、森の木々をそっと揺らしている。
その穏やかな風に髪を撫でられながら、カノンは鼻歌まじりに森の道を歩いていた。
「いや〜、今回の依頼も楽勝だったね!」
「……予定通りに終わるのは珍しいのだ」
隣を歩く帝が、ぱたんと地図を閉じながら小さく呟く。
二人でこなしたギルドの依頼――魔力鉱石の採取は、驚くほど順調に終わった。敵も出ず、トラブルもゼロ。文字通り、散歩気分で帰るだけである。
「僕が一緒だったからね! 運が味方してるってやつ!」
「ふむ、確かに。カノンの“幸運体質”は異常なのだ」
得意げに胸を張るカノンに、帝は真顔で返す。
その様子は、淡々としているようでどこか柔らかかった。
エルノアの街へと続く小道。森を抜けたこの道は見晴らしもよく、空も高い。
帝は静かに周囲の気配を探りながら歩き、カノンはその横で気ままに花を摘んだり、蝶を追いかけたりと自由そのものだった。
「ねえ帝、ちょうちょってさ、魔物じゃないよね?」
「……違うのだ」
どうでもよさそうな質問にも、律儀に答える帝。
二人の関係は、そんな緩さと真面目さが絶妙に混ざっている。
――と、その時だった。
「……あれ?」
カノンがぴたりと足を止める。
「どうしたのだ?」
「なんか、困ってる人がいるかも」
カノンはじっと、遠くの丘のさらに向こうを見つめている。
帝も同じ方向を見たが、当然ながら何も見えない。
「どこなのだ? 何も見えんぞ」
「ほら、あの丘を越えて、もっとずーっと先。森の外れの左側!」
「……そんな距離、軽く百キロはあるのだが」
帝は懐から双眼鏡を取り出し、覗いてみるが……当然、視界に何も映らない。
「やはり何も――」
「見えるよ? 盗賊がいて、その近くに荷馬車があって、そのそばにおじいちゃんとおばあちゃんがいるの!」
「……相変わらずなのだ、視力だけは」
帝が軽くため息をつくのと同時に、カノンはもう歩き出していた。
「行こっ、帝!」
「まったく……仕方ないのだ」
森を抜け、丘を越え、さらに草原を進む。
驚くべきことに――カノンが言った通り、そこには盗賊に囲まれている老夫婦の姿があった。
商人風の恰好をした老夫婦が、荷馬車の前で盗賊たちに追い詰められている。
「……本当に、いたのだな」
「ねっ、すごいでしょ?」
帝は一歩、前へ出る。空気が一変し、場の気配が静かに緊張を帯びた。
「退け」
ただ、それだけの言葉。だが、確かに“圧”があった。
盗賊たちは一瞬、たじろぐ。
「ひ、ひるむな! やっちまえ!」
「だ〜め〜です〜♪」
その声とともに、風が吹いた。
カノンが笑いながら風に乗り、ひらりと舞う。
「風の道標、ぴゅ〜んって飛んでけ〜!」
軽やかな詠唱とともに足元に展開された魔法陣から、突風が巻き上がる。
盗賊たちは宙に浮き、ド派手に吹き飛ばされた。
「な、なんなんだこいつらぁああ!」
「撤退だ撤退ーっ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく盗賊たちを見送りながら、カノンは片手をあげてにっこり。
「はい、成敗完了〜♪」
「た、助かりました……!」
「本当に、命の恩人です……!」
老夫婦が、何度も頭を下げながら礼を述べる。
「いいのいいの〜。困ってる人がいたら、助けるのが僕の役目だもん!」
その言葉に、老夫婦が申し訳なさそうに口を開いた。
「せめて、お礼をさせてください……。近くの村に泊まっておりますので、ぜひお立ち寄りを……」
「えっ、ご馳走!? 行きます行きます!」
「……また何か起こりそうなのだ」
帝は小さく溜息をつきながら、すでに老夫婦の隣を歩いているカノンの背を追った。
その遥か後方、遠くの空に、一本の煙が立ち上っていた。
夕暮れの空に溶けるその煙が、何かの始まりを告げるように揺れていた。




