03.妄想は尽きぬ!式神と光と影の講義
――職員室は、もはや異空間と化していた。
カーテンは風もないのにひらひらと揺れ、書類は床に散らばったまま。
机の上のペン立てには、なぜか魚型チョークや肉球スタンプが混ざっている。
誰も片づけない。いや、誰も見てすらいない。
「……では、俺も妄想に付き合ってやるか」
ソファに足を投げ出した鬼影が、ニヤリと笑った。
「妄想とは想像力の自由。つまり我の得意分野だな」
夜行が茶を啜りながら、静かに立ち上がる。
「若返ったわしに、もう妄想など不要じゃが……まあ、乗ってやろう」
神崎が、杖をくるくると回しながら微笑む。
止まらぬ暴走、第三弾。
ここにきて、職員室の妄想温度は最高潮を迎える。
◆ ◆ ◆
「では、透明人間の授業ってのはどうかねぇ」
ヒサメが目を細め、ふっと姿を消した。
生徒も、机も、黒板も、すべて透けていく。
誰がどこにいるのか、そもそも教室が存在しているのかも不明。
「存在とは何か……我が見えぬものを、見せてやろう」
ヒサメの声だけが教室に響く。
「先生、どこ……?」
「生徒もいない……?」
「……授業、始まってるの?」
最終的に全員が透明化し、教室そのものが“無”へと帰した。
「……いない授業、楽でいいねぇ」
それはもはや、授業ですらなかった。
◆ ◆ ◆
「よいか、これは戦である。知の戦である」
夜行が軍装に身を包み、戦国時代風の教室に降臨した。
掛け軸、甲冑、太鼓の音。教卓の背後には“学問一刀流”の旗。
「拙者、心して学びまする!!」
生徒たちは一斉に正座し、額を床に打ちつけるようにして敬礼。
「教育とは支配であり、服従である。よって、この夜行、全教科を統べる王となろうぞ!」
チョークの一振りで、教室に戦火が走る。
「いざ、天下布学!!」
「それ、布教ですよね!? 教育じゃなくて宗教!!」
誰かがツッコミかけたが、背景の火の粉と爆音にかき消された。
◆ ◆ ◆
「よ〜し、わしの番じゃな!」
神崎が勢いよく立ち上がった瞬間、なぜか縮んだ。
ちびキャラ化した神崎が、杖を引きずりながら教壇に立つ。
「お主ら、わしを甘く見るでないぞ!」
生徒よりも小さい。背伸びして黒板に届かせる姿が、完全に小学生。
しかし──
「これが、若さの力じゃぁぁぁあ!!」
杖からビームが発射された。
爆発、爆発、爆発。
理科室が吹っ飛び、美術室が爆破され、魔法の授業はビジュアル系戦場と化す。
「若さとは力! 知識とは破壊じゃ!!」
「神崎、それはもはや教育ではないぞ……」
夜行が冷静にツッコミを入れたが、神崎は満面の笑みで両手を挙げていた。
◆ ◆ ◆
「ふっふ〜ん……じゃ、いっちゃおうかな〜?」
鬼影の妄想だけ、なぜか明らかに“気合”の入り方が違った。
背景が暗転し、教室は常闇に包まれる。
血の薔薇が咲き乱れ、天井から赤い月が覗く。
「これは“魂の補習”だ。全てを曝け出せ」
仮面をつけた生徒たちが、カーテンのような黒い布を揺らしながら一人ずつ現れる。
「せ、先生、わたしの心を暴かないで……」
「無理だ。お前の罪、全部見えている」
BGMはオルゴールと心音。
薔薇が枯れるたび、教室の天井に鎖が絡みついていく。
……誰もツッコめなかった。むしろ、なんか謝りたくなった。
◆ ◆ ◆
「お前たちはもう少し、秩序を重んじるべきだ」
最後に立ち上がったのは、樹。
教室が整然と再構築され、全員が黒い制服に身を包む。
「魔王シキ様を称えよ!」
「魔王シキ様に感謝を!」
「シキ様こそ、唯一無二の……!」
謎の唱和が響く中、シキの肖像画が教室前方に飾られ、ろうそくが灯る。
……もはや完全に宗教施設である。
「魔王シキ様のもと、完璧な魔族教育を実現する」
「教育というか、崇拝じゃな……」
神崎が呟いたが、すでに遅かった。
生徒たちは感涙しながら祭壇に向かっていた。
◆ ◆ ◆
狂気の妄想空間。
そこに、一筋の“現実”が入り込む。
──職員室のドアが、静かに開いた。
「……お疲れのようですね」
銀の髪、ゆるやかな声。
月が、微笑みながら足を踏み入れた。
「現実、戻しましょうか?」
ぱちん、と指を鳴らす。
瞬間、すべての妄想が消し飛んだ。
浮遊する机、血の薔薇、将軍装束、宗教教室、小学生神崎。
すべてが現実の“書類まみれの職員室”に戻ってくる。
教師たちは、呆然とした顔で座っていた。
「さ、あと3日で春休み終わりですよ。書類、終わらせましょうか」




