08.蛮族聖女の伝説ふたたび
通過儀礼という名の“洗礼”が終わり、学園に静けさが戻る──はずだった。
「……え!? 聖女ちゃん、強! そして怖っ!」
職員室に戻った鬼影が、どこか興奮気味に叫ぶ。
その隣では、夜行が腕を組んだまま目を細めていた。
「でも、あの笑顔とギャップに……そそられる!!」
鬼影は目を潤ませながら両手を握る。
その反応に、教師陣の数人が距離を取り始めた。
「……まあ、いつも通りだな」
樹が何気ない口調でつぶやいた。
目を閉じ、どこか懐かしむように。
「昔の月はもっと優しくて、可愛げがあって……人の話も、ちゃんと聞いてたような……」
一瞬の間。
「……いや、そうでもなかったな。昔から割と蛮族だったな、うん」
回想は即座に訂正された。
「じゃあ、昔から蛮族聖女だったんだ〜」
柊の呟きに、他の教師たちもうなずく。
カグラが苦笑しながら、
「名前のミスマッチ感がすごいわね〜。蛮族と聖女って、同居していいの?」
「いやいやいやいや! 私は蛮族じゃありません〜〜〜!」
教卓の影から月が抗議の声を上げた。
が、誰も信じる様子はない。
ぴょこっと顔を出したその姿すら、もはやコントの一幕にしか見えない。
「月先生……説得力って言葉、知ってますかね?」
ヒサメの冷静なツッコミが、室内に苦笑を広げた。
***
その中──夜行は視線をそっと、樹に向けた。
「……あの男、何者だ?」
「昔馴染みってやつ? ちょっと気に食わないわねぇ……」
鬼影もまた、樹をじっと見る。
その目に宿るのは、敵意ではなく、疑念だった。
──月の過去を知っている。
それがどういう意味を持つのか、警戒を強めざるを得ない。
だが、当の樹は椅子に深く座り込み、書類を眺めている。
「……ん。魔導具の予算、ちょっと削られてるな。月に直訴しとくか」
その声に、月がぴょんと立ち上がった。
「わたし、削ってませんよ!? 必要経費はきちんと承認してます!!」
「いや、データ上の話だって。落ち着け」
「それ、たぶんグレン先生の筋トレ器具が予算喰ってますね……」
「……あれ、また買ったのかよ」
平和と混沌が共存する職員室。
蛮族聖女の伝説は──今年も無事、学園に根付いたようだ。
そしてその伝説の渦中にある月は、今日も笑顔で仕事に励んでいる。
教師たちは思う。これが“日常”なのだと。
だが、その裏で。
月をめぐる人間関係は、まだ知らぬ火種を孕えたまま、静かに騒がしさを孕んでいく──。
次章
第12章『終焉の茶会、暴食の魔王と最弱覚醒』は、
9月2日 20時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。




