06.闘技場へようこそ、新入生諸君
体育館の空気が、ぴんと張りつめていた。
天井近くまで届く窓からは、やわらかな春の光が差し込んでいる。
けれど、その眩しさとは裏腹に、壇上に立つ神崎の表情はどこか曇っていた。
「学園長、挨拶は三分でお願いします!」
マイクを持った月が、満面の笑みでそう宣言した。
その手には、細身の砂時計。
机の上に「コトン」と置かれる音が、不思議と大きく響いた。
「……善処しよう」
神崎は一つうなずくと、前に出た。
そして、ゆっくりと話し始め──ちょうど三分、言葉の途中でマイクが自動でミュートされた。
「えー、それでは今年の入学──」
──ブツッ。
「………………」
会場が一瞬ざわめいた次の瞬間、背後から現れた月が、神崎の肩をぽん、と叩いた。
「では、ありがとうございましたー! さあ次いきますよー!」
神崎は無言で退場した。
教師たちは誰も突っ込まない。突っ込むと自分も消されるのを知っているからだ。
***
「それでは、始業式にうつります!」
月が続けて声を張る。
今度はより明るく、いたずらっぽささえ含んだ声だった。
「今年のご挨拶は……ミミ先生でーす!
三分で手短にお願いしますねっ♪」
「うにゃあああああ!? あ、あたし!? にゃ、にゃんで!?」
悲鳴のような叫びとともに、ミミが壇上に飛び上がる。
教師陣からはくすくすと笑いが漏れたが、その中には明らかに緊張の色もあった。
──挨拶担当がラットン固定ではなくなった。
それはつまり、来年は「自分かもしれない」ということを意味している。
「……悪魔め……」
ラットンが椅子の背に沈みながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
***
「それでは、担任の発表にうつりまーす!」
月がまたもテンション高く進行する。
「今年の初等部一年生の担任は……グレン先生です!!」
「!?」
壇上に座っていたグレンが、目を見開いて硬直する。
それを見た教師陣の間で、目に見えない動揺が走る。
(えっ、しゃべれるの?)
(いや、確かにたまに話すけど……)
(っていうか、担任!?)
ざわつきの中、グレンは立ち上がり──無言で、力強くうなずいた。
「……………」
何も言わない。
それが逆に重い。
***
しかし、そんな静けさを破ったのは、新一年生たちだった。
「なんで獣が担任なんだよ!」
「魔術も使えないくせに!」
「担任って人間がやるもんじゃないの?」
素直な驚きと偏見が混ざった声が、あちこちから上がる。
体育館がざわつく。教師陣の間にも、ちらりと険しい視線が交わされ始めた。
「君たち、先輩なんだから新入生に説明してあげなさいよ」
教師の一人が、在校生たちに声をかける。
すると、代表らしき生徒が一歩前に出て、静かに口を開いた。
「……最初は教えるつもりだったんですよ。
でも……あいつらの“楽しみだねウフフ”みたいな顔を見てたら……なんか、自分たちだけがあの地獄を味わうのは不公平だと思ったんです!」
「なんてこった!!」
教師陣がそろって叫ぶ。
「信じられない……!」
「でも、言いたいことはちょっとだけ分かる……!」
「いや、分かっちゃダメだろ!」
職員席が軽いパニックに包まれる中、月がすっと壇上に立った。
手には、どこから取り出したのか、魔導灯の鍵が握られていた。
「じゃあ、体育館横の闘技場に行きますか♪」
満面の笑み。拒絶を許さない明るさ。
新入生たちが一斉に悲鳴を上げた。
「え!? 闘技場!? 何するの!? 説明は!? 先生たちは!?」
「やだやだやだあああ!!!」
「たすけてーーー!!!」
「おうち帰るーーー!!!」
騒然とする中、月はくるりと背を向けて歩き出す。
「さーて、皆さん、準備はいいですかー?」
その声に、在校生たちが一斉に立ち上がった。
その顔は──晴れやかで、どこか楽しげですらあった。
そして、場面は暗転する。
新たな伝統が、またひとつ築かれようとしていた。




