それぞれの眠れない思い
毎日3回、7:00、11:00、16:00に更新します。アルファポリスさま、カクヨムさまにも投稿中。アルファポリスさまでは、数話分先行して更新しています。
「はあ、はあ、はあ・・・」
メガネの青年が倒れたのを幸いに、バーサは大急ぎでその場を離れた。その後、なんとか衛兵を巻くことができた彼女は、ようやくたどり着いた馬車のなかで荒い息を整えていた。心臓のドキドキがようやくおさまりかけた頃、馬車の扉がノックされる。
「バーサお義姉さま?いっらっしゃるんでしょう?」
再び心臓が跳ね上がりそうになったバーサだが、義妹の声を聞いてホッと胸をなでおろす。扉を開けると、これも息を弾ませたシンデレラが乗り込んでくる。よく見れば、片足に靴がなく泥だらけだ。
「まあ!バーサお義姉さま、泥だらけですわ!」
「まあ!シンデレラ、靴はどうしたの!?」
ふたり同時に叫んで、同時に吹き出す。ふたりとも、王宮の舞踏会に行ったとは思えない姿だった。しかしお互いの事情を話し終わると、バーサは申し訳なさそうに謝った。
「お母さまの形見の靴だったのに、ごめんなさい。私のせいだわ」
「いいえ、靴を落としたのは私です。お義姉さまのせいじゃありません」
「でも・・・」
庭を逃げ回る自分の姿を見なければ、靴を拾う間もなく大急ぎで走ってくることはなかったはずだ。好奇心を抑えきれなかったばかりに騒ぎを起こしてしまったし、危うく家族まで巻き込むところだった。バーサはそう考えて、深く落ち込んだ。
「さあ、バーサお姉さま、そろそろ家に帰らないといけませんわ!」
そんなバーサの背を手でさすると、シンデレラは元気づけるように快活に言った。
「そうね、まかせて!」
バーサは励まされて御者席に座る。サンドラたちが家に戻るまえに、シンデレラを連れて帰らなければならない。
落ち込むのは後にして、今は自分のすべきことをしないと。
バーサは手綱をしっかりと握り、馬車を出した。目立たないように裏道を走ったので多少時間がかかったが、なんとかサンドラたちよりも早く帰ることができたのである。
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ラリーさま、素敵だったな・・・。
その夜遅く、ベッドにもぐり込んだシンデレラは、疲れているはずなのになかなか眠れないでいた。まぶたを閉じると、きらびやかな王宮のようすやラリーの笑顔が次々に浮かんでくる。ふたりで踊ったときの感触が、体のあちらこちらに残っているのだ。
ラリーが腰にまわした手のぬくもり。
触れた腕のたくましい筋肉の感触。
自分を見つめる彼の熱を帯びた瞳。
ドキドキと高鳴る心臓と、熱くなる頬。
美しい星空と、頬を撫でていく夜風の心地よさ。
全部、自分と騎士さまの、ふたりだけの思い出だ。彼はうちの家族について何か思い違いをしているようだったけど、自分を心配してくれる目は真剣だったと思う。そう言えば、急いで帰ってきてしまったので、きちんと誤解を解くことができなかった。
また会えるかな・・・?
心地よい余韻に浸りながら目を閉じるうち、シンデレラは安らかな眠りにおちていった。その眠りのなかで彼女が見たのは、ラリーがガラスの靴を持って迎えに来てくれる夢だった。
一方のバーサは、ベッドに入らずに自室の窓辺にたたずんでいた。普段なら眠れない夜は読書をするのだが、今夜はそんな気になれなかったのである。
今日見た光景、大人の貴族が集まる本物の社交場の光景が忘れられないのだ。立ち居振る舞いから何から、すべてが優雅で気品ある人たち。自分がどう頑張っても、あんな風になれると思えない。しかし今はバーサも貴族の一員であり、本当なら貴族らしく振舞わなければいけないのだ。
貴族が嫌だっていうなら、自分でほかの道を探さなきゃ。
彼女は茶会のいじめがきっかけで呪いの研究に没頭するようになったが、それは好奇心を満たす暇つぶしにはなっても、将来を変えていく力にはならない。今夜見た舞踏会の光景が、バーサに現実をつき付けたのである。
「呪いで自立するだなんて、ただの現実逃避でしかないんだわ」
バーサは小さくつぶやく。急に何もかもが虚しくなって、彼女はベッドに戻って力なく横たわった。




