りっち?それって美味しいの?-2
「・・・・・・へ?」
いきおい込んで衣裳部屋に踏み込んだサンドラは、その光景に驚いて立ち止まった。周囲をぐるりと見回すが、ドレスが吊るされているはずの場所はガランとしている。かろうじて隅に10着ほどかけてあるが、冠婚葬祭に必要な正装をのぞき、すべて普段着のワンピースである。
「ま、かさか!?」
サンドラは高価なアクセサリーがしまってあるはずのジュエリーボックスに駆け寄り、引き出しを次々と開けた。そちらもほとんど空だ。
「おまえ!ドレスや宝石はどうしたのよ!?」
戸口に立って見ているシンデレラをキッとにらむ。父親はせっせと高級品を買い与えていたはずなのに、いったいどうなっているのか。さっぱり分からない。
「生活の足しにするために売ってしまいましたわ」
シンデレラは何でもないことのように答えた。実際、本人は高価なドレスやアクセサリーに少しも執着していないが、背後に控えるセバスは悲しそうに身を小さくしている。前男爵が亡くなってからのこの3年間、シンデレラに頼まれてひとつ売り、ふたつ売りしているうちにこうなってしまったのだ。もちろん社交に出ないシンデレラは、新しいものも購入していない。
「そ、そんな、ウソでしょ・・・」
アテが外れたサンドラはその場にへたり込む。新しいドレスが夢のかなたに消えていく幻覚が見えた。
「あ~!私のリッチ・ダモンネがぁああああ!!」
手を伸ばして悔しそうに叫ぶサンドラに、おっとりとした口調でシンデレラが問いかけた。
「リッチ・ダモンネ?それってそんなに美味しいんですの?」
彼女は菓子か何かの名前だと思ったらしい。ドレスは無理でも、そんなに欲しいならお菓子くらいは買ってあげようかと、頭のなかでそろばんをはじく。今月の食費を計算しているのである。
「くっ、リッチ・ダモンネはドレスのブランドよ!!」
「あら、お菓子じゃないんですのね」
サンドラはドレスのホコリを払って立ち上がると、忌々しげにシンデレラをにらんだ。
まったく、この娘にはいつも調子を狂わされる。シンデレラの落ち着いた態度を見ていると、なぜだか自分が愚か者のような気がしてくるのだ。
「おまえも貴族の令嬢なら、王都で一番人気のブランドくらい知っておきなさいよ!」
「申し訳ございません。でも男爵さまの予算はもう・・・」
そう言いかけたシンデレラをサンドラはさえぎる。
「知ってるわよ!だからおまえのドレスを売り払ってやろうと思ったのに」
そういうわけだったのかと、ようやくシンデレラは納得する。しかし、これ以上はどうやってもやり繰りがつかない状況なのだ。それならばと、彼女は何度も繰り返してきた提案を口にした。
「男爵さま、前にも申し上げましたが、やはりこの屋敷を売るのがいいと思います」
屋敷は広くて立派だし、裏には豊かな森が広がっているので、かなりの高値で売れるだろう。その金で小さな屋敷を買い、残りを生活費にあてれば困ることはないはずだ。サンドラが節約に協力してくれれば、だが。
「イヤよ、イヤ!屋敷も土地も手放さないわ!絶対に、絶対に許しませんからね!!」
サンドラは駄々っ子のように叫ぶ。
許さないもなにも、土地と屋敷の持ち主はシンデレラだ。それを売ってみんなの生活費にしましょうと気前よく言っているのに、サンドラはいつも強硬に拒否する。さすがに当主の意向を無視して売り払うわけにはいかないので、シンデレラは困っていた。
「貴族には人がうらやむような生活が必要なの!立派な屋敷も流行のドレスもない貴族なんて、みんなにバカにされてしまうじゃない!!!」
わめき散らすサンドラに気づかれないように、シンデレラはそっとため息をつく。サンドラの貴族的な生活へのこだわりは、もはや執念と言っていいほどに強いようだ。
「いいこと、屋敷は絶対に売らない。分かったわね!」
そう言い放つと、サンドラは部屋を出て行った。