女当主の怒り-1
アルファポリスさま、カクヨムさまにも投稿中です。
その日、不機嫌なようすで子爵家の茶会から帰宅したサンドラは、着替えるよりも先に執事のセバスを自室へ呼びつけた。
「いつもの仕立て屋を呼んでちょうだい、すぐによ!」
だがこの家に40年あまり勤めてきた老執事は、ただ困ったような顔をして立っている。
「しかし奥さま・・・」
おずおずと切り出した言葉を、金切り声がさえぎる。
「奥さま!?男爵さまと呼びなさいと何度言ったら分かるの?この家の当主は私よ!」
キツネのような切れ長の目をさらにつり上げて、サンドラは怒鳴った。アスター男爵であった夫が3年前に急死したため、今はサンドラが男爵を継いで当主となっている。スットコランド王国では10年ほど前に法律の改正があり、女性も爵位を継げるようになったのだ。
「も、申し訳ございません、男爵さま」
温厚な執事はそう言って深々と頭をさげた。そして言いにくそうに続ける。
「私は、ただその・・・またドレスを新調なさるのかと思いまして」
「そうよ」
文句があるのかと言うように、ツンとあごをあげるサンドラ。高く結い上げられた自慢の銀髪には、瞳と同じエメラルドの髪飾りが光っていた。
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サンドラの機嫌が悪い原因は、今日の子爵家での茶会にあった。
豊かな穀倉地帯を領地に持つこの子爵家は大変裕福であり、茶会にはいつも最高級の紅茶と人気パティスリーの菓子が出る。この日の菓子は王都で一番人気の店から届けられたもので、美味しいのはもちろん、見た目も華やかでお洒落だった。
「わたくし甘いものには目がありませんのよ」
そう言ってコロコロと笑う、ぽっちゃり体型の子爵夫人。その目尻には笑い皺が刻まれていて、いかにも幸福そうだ。
ふん、貧乏貴族の娘が出世したもんね!
かぐわしい香りの紅茶を口に運びながら、サンドラは心のなかで毒づく。若いころからの友人であるこの夫人は、もともとは貧乏な男爵家の娘である。その家は商人であるサンドラの父から借金をしていたので、友人というよりは取り巻きのひとりと言ってよかった。昔はおどおどとサンドラの顔色をうかがう、見た目の冴えない地味な令嬢だったのだ。
それが今は、爵位も財力も夫人のほうが上になってしまっている。人の良い子爵夫人は、「昔、実家がお世話になったから」と今もサンドラとの付き合いを続けているのだが、サンドラには夫人が幸せを見せつけているとしか思えない。
ネチネチとした視線を向けるサンドラの耳に、誰かがテンション高く子爵夫人に話しかける声が届く。
「まあ奥さま、それってリッチ・ダモンネの新作じゃございません?」
リッチ・ダモンネは王都の貴族に人気の高級ブランドで、人気が高いぶんお値段も高い。その新作をいち早く身につけているのは、上客である証拠とも言えた。
「ええ、主人が贈ってくれましたの」
子爵夫人がそう答えれば、周囲からは「まあ素敵!」「お似合いですわ」と賞賛の声があがる。サンドラはむっつりとして、夫人とその取り巻き連中を見やった。
あんな女に高価なドレスなんて、それこそ豚に真珠じゃないの!
今日の彼女のドレスもリッチ・ダモンネだったが、去年つくったものだ。平凡でパッとしないあの女を若いころからずっと見下してきたのに。その相手に今度は見下されたような気がして、サンドラは悔しさで歯がみした。
私のほうが何十倍も美しいのに!
サンドラは化粧映えするたちで、上手に化粧をして着飾ればそれなりに美人に見えた。さらに背が高く、中年になった今もほっそりとした体形を維持している。そんな彼女を「若々しくて美しい」と言ってくれる人は多い。さらに裕福な家に生まれて周囲からチヤホヤされて育ったため、自己評価とプライドがバカ高くなってしまい、自分を「絶世の美女」だと思ってしまっているのだった。
だから今、サンドラはこの場で賞賛を浴びているのが自分ではないことに腹を立て、理不尽だとさえ感じていた。年頃の娘が3人もいる歳なのに、いまだに若い頃のままの自分本位な性格を引きずっているのだ。
「少し気分がすぐれませんの。これで失礼しますわ」
ドレスの話で盛り上がっているのにもかまわず、サンドラは唐突に席を立つ。心配して声をかけてきた子爵夫人を冷たくあしらい、彼女は茶会をあとにした。
こんなことになったのは、あのケチでみすぼらしい娘のせいよ!シンデレラときたら、年がら年中「節約、節約」って、ビンボー臭いったらありゃしない。
逃げ帰るように屋敷にもどる道すがら、サンドラの怒りの矛先は憎い継子へと向かうのだった。
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