赤青花の情念
二話連続投稿の一話目になります!
コーデリアは使徒から説明された洗体装置や移動式トイレ、衣服洗浄機なるもののお陰で、身だしなみを維持することはできるが、内面の変化までは抑えようがない。
「レティ」
腹違いの妹も同じだ。
コーデリアが声を掛けても、金属製の椅子に座っているレティはポーっとした表情で、連続で上体起こしをしているフレッドを見つめている。
つい先日までのレティなら姉の呼び声にすぐさま反応しただろうに、今では他のことが目に入らない程、夢中になっていることがあった。
なおフレッドは体が鈍るのを嫌ったことと、再生した腕の調子を確かめるために、一種の遭難状態でも鍛錬を行っていた。
「レティ」
「え? あ、コーデリア姉様」
再びコーデリアが声を掛けるとようやくレティは気が付き、驚いたように青い瞳を丸くした。
「体調は悪くないか?」
「はいコーデリア姉様」
コーデリアが念のために尋ねると、レティは僅かな微笑みを浮かべて頷いた。
ある意味で純粋培養されているレティが、カエルの悪意に曝されたことを心配して尋ねたのだが、今は特効薬が存在しているので、あくまで念のために過ぎない。
(レティの母が言っていたことと乖離があるから、一応の心配は必要だ)
コーデリアはレティの母親が言っていることを少しだけ知っていた。
曰く、殿方にとって婦人を守るのは名誉で、時として命を投げ出すことも厭わない。それこそが騎士道精神である。と。
古くからの理想とされているものだが……幻想でもあった。
少なくともコーデリアとレティの周りにいた同年代の貴族、大人の聖職者はそれに反しており、大抵の生物が自分の命を優先すると証明していた。
(彼らはどうなるだろうか?)
一瞬だけ、コーデリアは逃げた者達の顔を思い浮かべる。
幾ら堕落が蔓延している世界でも、悪魔へ命乞いをするだけに留まらず感謝の言葉まで口にしたのは、流石に色々とまずい。
ただ、複数の国に所属する百人以上の貴族、しかも公爵家や伯爵家の子弟。更に清らかな篩の聖職者までもが混ざっていると話は変わる。
責任を問おうとすると、それならお前達はどうなんだという話になるのは目に見えており、可能ならどこも有耶無耶にしたいだろう。
「あの……コーデリア姉様」
「どうした?」
「私、どこか変ではないでしょうか?」
「……いや、自慢できる美人の妹だ」
「そ、そんな。美人だなんて……」
目を伏せたレティが恐る恐ると言った様子になると、コーデリアは妹が望んでいる返答をする。
(自分の容姿を気にすることはなかったが……)
コーデリアはレティが自分の容姿を気にしている理由を察している。
元々レティは、そういった類のことには無頓着であり、美しく見せようという意識は皆無と言ってよかった。
それなのに、レティは人から自分がどのように見えているかが気になるようになっていた。
「はふ……フレッド様……」
純真無垢な聖女型極鎧の所持者に相応しくない、熱を帯びた女の声が漏れた。
それはコーデリアが今まで見たことがなかったレティだ。恐怖ではなく別の感情で潤んだ青い瞳と赤らんだ顔を向ける先には、腕立て伏せを始めたフレッドの姿がある。
「大いなる神よ。ありがとうございます」
更にレティは、これ以上ない神命を与えてくれた大いなる神に感謝すると同時に、決意も抱いていた。
「コーデリア姉様、私……強くなりたいです」
「ああ、私もだ」
虫も殺せないような外見のレティが強い意思が籠った宣言をすると、コーデリアも大きく頷いた。
権威という面ではコーデリアもレティも、そして彼女達の周りにいた貴族達も強者だ。しかし、もっと直接的な意味の強者が極まると、権威や秩序ではその暴力を封じる手段がない。
まさにその強者であるカエルに好き勝手され、更には危険地帯の平定を神から命じられている彼女達にすれば、強くなるというのは当然の決意に思えるだろう。
だがレティの決意の大本にあるのは不純であるながらも純粋なものだ。
「お役に……足手纏いは……」
共に行く男の役に立ちたい。足手纏いにはなりたくないという思い。
世界はレティが思っていた程に単純ではなく、教えられた善意や正義、道理が通用するものではなかった。
だからこそ唐突に発生した光は眩しすぎ、レティはそこから目が離せなくなっている。
「訓練施設で励むとしよう」
「はいっ!」
コーデリアにレティが大きく頷く。
幸い、訓練施設と呼ばれている場所は極鎧所持者を鍛えるための場所であり、強くなる手段は存在する。ならば必要なのは覚悟と信念だ。
そして……コーデリアもレティと同じだ。
その日の晩、コーデリアは夢を見た。
めでたい結婚の場である神殿には、様々な人間が訪れてあらゆる貴族と神官が祝福している。
だが主役で新婦となる自分の隣にいる男、新郎だけがはっきりしない。
公爵家や伯爵家の嫡男の顔が移り変わる。それはコーデリアの周囲にいて、危機があるならば命を捨てると豪語し、結局は見捨てて逃げた男達の顔だ。
更にその体も妙に細いか、逞しいとは言えない肥満のどちらかに移り変わり、筋骨隆々とは程遠い。
違うと思った。自分が求めているのは彼らではないと思った。
突然、横抱きで抱き上げられた。
少し背が高いコーデリアを腕に収めてもびくともしない太い腕、しっかりと大地に聳え立つ足。苦労をしたのだろう。顔には少しの皺があって、短い金の髪には白いものが僅かに混ざっている。
「さて、これから忙しくなる」
落ち着く声だ。
コーデリアは彼の腕の中で、甘えるように胸板に顔をこすり付け、はい。と頷いた。
夢は夢だ。
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