表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/23

命乞いの貴族と囚われた姫君。悪魔とオークの戦い。

 清らかな篩が治める地には、決戦の湖と呼ばれる聖地が存在する。


 遥か太古に平地だったこの場所は、英雄達と神々の陣営が悪魔の軍勢と衝突したことで生み出されたものだと信じられていた。


 かつては。


「ここが決戦の湖……」


 それほど大きくない、言ってしまえばなんの変哲もない湖に感動しているのは信心深いレティだけだ。彼女は胸部を歪めながら手を組み合わせて真摯に祈っているが、似たような立場のソルは形だけの祈り。アドラシオンは興味がなく、コーデリアすらも単なる噂から発展した伝説だと思っていた。


 他の者も同じで、世界各国の若者達も特に感動はなく、先導する聖職者すらも仕事の一環に組み込まれた日常の光景と思っていた。


 尊い信仰は最早消え去り、あるのは現世に蔓延る金への欲求なのだから、儀式が行事になるのは仕方ないことだろう。


 その信仰と伝説の一端が集まればなにを刺激するか、当の昔に忘れ去られても……。


 事実に嘘が紛れ込んで伝承となり、伝承に願望が入り込んで伝説となり、伝説に金が入り込んで現代に伝わるものなのだから。


「やっぱり伝説級がいると見栄えがいいな」


「ああ」


「輝いてたな」


「爺さんにも見せてやりたかった」


 大勢の見物人達も今年はいいものを見れたと満足するが、彼らだけの話ではない。


 伝説級の極鎧が聖なる行軍に参加するのは初めてのことであり、長命種である見物人達の祖先もこの光景を見たことがない、まさしく伝説の再来なのだ。


 そう、再来だ。


「聖なる行軍を締めくくる! 武器を構えよ!」


 聖職者の声に従い、極鎧が一斉に武器を構える。


 剣を。弓を。槍を。盾を。斧を。


 コーデリアは輝く盾と剣を。


 レティは美しい杖を。


 アドラシオンは率いている兵の様々な武器を。


 ソルは浮いている物の中から適当に選んだ本を。


 この場にいる全ての戦士が戦う意思を示した。


 これが聖なる行軍の最後を締めくくる儀式だ。参加者は古代の戦場で武器を構えることで、悪しき者を滅ぼす覚悟を示すのである。


 だからこそ封印が解けた。


「え?」


 誰の声だったのだろう。


 見物人か、聖職者か、高位貴族の子息か、はたまた伝説を手にした姫君達だったか。


【一号機、二号機、三号機、四号機を確認。周辺一帯に存在する全機動兵器の戦闘態勢を確認んんんん。シークエンスししししし始動。次元湾曲隔離フィールド解除】


 朽ちかけたナニカが誤作動を起こし、周囲一帯の全員が耳障りな声を聞いてしまった。


 湖の中心が爆発した。


 大きな大きな水飛沫が上がる。


【水没作戦失敗。全戦闘員は攻撃開始しいいいいいいいいいいい】


 再びの声と共に水滴が降った。ぽたりぽたりと。


 ぐしゃりと。ごしゃりと。


「え?」


 再びの困惑。


 びちびちと陸地で跳ねているのは、爆発で打ち上げられた魚だろうか。


 いや、魚であるはずがない。


 いったいどこの世界に、ハエの頭、蛇の口、馬の胴体、蠍の尻尾、蜘蛛の脚を持つ魚がいると言うのだ。


「あ、悪魔だああああああああ!」


 のたうつ怪物の至近距離にいたエルフの青年が叫ぶ。


 悪魔。異なる次元に存在して、命ある者を弄び、堕落させ……そして単純に食べる者達の総称だ。しかし最後に確認されたのは千年以上は前のことであり、現代に現れていい存在ではなかった。


 そして怯える青年に対し、地面から起き上がった悪魔は鋭い牙を見せつけながら迫った。


 迫ったが……。


「あ、あれ?」


 騎士型極鎧は、馬の胴体を持つだけあり人よりも大きな悪魔の首を簡単に斬り飛ばした。


「あ」


「や、やった!」


 彼だけではない。反射的に行動した者達は、勝手に動作を最適化してくれる機能のお陰で悪魔を斬り、弓矢を当て、斧で粉砕していく。


 それは姫君も同じだ。


「こ、これは⁉」


 殆ど勝手にコーデリアの腕が振るわれると、輝く剣が悪魔を両断する。


「きゃあっ⁉」


 怯えたレティは目を瞑っているのに、杖から放たれた光が悪魔を貫き塵に変える。


「楽ねえ」


 どこか呆れたようなアドラシオンの目の前で、様々な武器を携えた僕が悪魔を解体する。


「なんだかよく分からないけどとにかくよし!」


 現状を素直に受け入れているソルの横では、浮き上がっている金属の本から炎が迸り悪魔を灰にする。


 圧倒的だ。


 全ての極鎧が悪魔を仕留め続け、悪魔達はみるみる数を減らしていった。


「おおおおおおおおおおおお!」


「すげええええええ!」


 これには、呆然として事態を飲み込めず突っ立っていた観衆も興奮し、新たな新時代の到達を祝福する。


「……最後か? レティ、多分いなくなった」


「コ、コーデリア姉様……」


「なんだったのかしら。ねえソル」


「偉い人が調べてくれると思うよー」


 すぐに悪魔達は全て滅ぼされ、コーデリアは周囲を確認してレティを気遣う。そしてアドラシオンとソルは首を傾げながら、専門家に任せればいいかとある意味達観していた。


「やったぞおおおおお!」


「うおおおおおおおおおおおお!」


 一方、他の者達はいきなりの実戦と勝利に寄っているのか、ほぼ全員が武器を掲げて叫んでいた。


『疑問を覚えたので質問をしたいのだが、なぜ俺様と戦うのに新兵モードを起動しているのであるか?』


 首を傾げていたのはアドラシオンとソルだけではなかった。


 やけに通る声を認識した全ての人間が、湖のすぐ近くで心底不思議な光景を見たと言わんばかりのカエルを目撃する。


 ただし、人間とほぼ同じ身長で、山羊の様な二本の角が頭から生えている直立した緑色のカエルだ。


『もう一度質問するのである。なぜ俺様と戦うのに、新兵モードの機能を利用しているのであるか?』


 カエルが再び、理解に苦しむ現状の答えを求めるように問いかけた。


(上級悪魔⁉)


 聖職者や姫君達の警戒度が一気に跳ね上がる。


 伝承によれば人語を操る悪魔は、通常の悪魔とは比較にならない力を秘めている場合が多く、古代の者達を苦しめ続けたとされている。


 ただ、勝利の酔っている者からすれば武功と変わらない。


「おおおおおおお!」


 複数の雄叫びを上げる騎士型極鎧がカエルに殺到した。


 彼らは全員が伯爵家の男達で、言ってみれば公爵家と言う目の上のたん瘤がいる。


(こいつを殺せば姫様と!)


(王家に入り込める!)


 彼の頭の中にあるのは、目の上のたん瘤を押しのけての栄達である。古代の上級悪魔を倒した英雄になれば、騎国の人間ならコーデリアかレティを。熱砂国に人間ならばアドラシオンかソルを手に入れることも、国の中枢に食い込むこともできるだろう。


 戦いに酔った彼らの頭の中では……だが。


『ははあ……ひょっとして。ひょーっとして伝わっていない上に色々と廃れた程、時間が経過しているのであるか?』


 ニタリとカエルが嗤った。


 どこまでも禍々しく、いやらしい笑みだ。


 次の瞬間、カエルの全身から眩い雷が迸り、全ての極鎧が受けてしまった。


「うわっ⁉」

「うぐっ⁉」

「なんだっ⁉」


 カエルに殺到していた騎士型が、先程までの滑らかな動きが嘘のようにつんのめって、地面に倒れ伏してしまう。


『ゲコココココ。俺様への対策が終わったから殺しに来たと思えば、遥かに劣っているとは。戦うどころか歩くのも補助頼りの馬鹿ばかり。補助輪がなければ自転車にも乗れない赤子のようである。ゲコココココ』


 他の極鎧も膝をついてしまい、歩くどころではない者達が続出すると、カエルは面白くて堪らないとばかりに笑い声をあげる。


 だが、カエルにとってはそれよりももっと面白い事態が起こった。


『まさか! まさか特級パワードスーツも新兵モードで動かしていたのであるか⁉ ゲコ! ゲコココココ! 衰えたり人類! 衰えたり科学文明! ゲココココココココ! ゲココココココココ!』


「なにが⁉」


「神様……!」


 ついには腹を抱えて涙まで流し始めたカエルの視線の先には、他の者達と同じように膝をついているコーデリア、レティの姿がいた。


「ちょっとどうなってるのよ⁉」


「これヤバい!」


 更にアドラシオンに至っては、玉座を持ち上げていた僕が全て倒れ伏したため、地面に置かれた椅子に座っているのと変わらない姿を晒し、ソルの周囲に浮いていた様々な物体もまた落ちていた。


『後学のために教えてあげようではないか。と言いたいところだが何かのきっかけになると面倒なのだ。ゲココココ』


 両生類のくせに手を後ろで組んだカエルが、余裕たっぷりの態度で揶揄いながら姫君の顔を覗き込む。


 それと同時にカエルの足元の影が広まり、巨大で真っ黒な触手の様な物が溢れ出し、四人の姫の手足に絡みついて宙に吊るす。


『いいざまなのである。これが人の好きなざまあと言うものか。かつて特級パワードスーツに痛い目を見せられたが、代わりにこ奴らで解消するとしよう』


「くっ!」


「ひうぅっ」


「離しなさいこのカエル野郎!」


「っ!」


 にやけたままのカエルが気丈に睨みつけてくるコーデリア、怯えて震えるレティ、罵倒を放つアドラシオン、身じろぎしてどうにかしようとするソルを順番に見ていく。


 だがその後ろでは惨劇が起きる手前だ。


「ひいいいいいいい⁉」


「やめてええええええええ!」


 千を超える触手は様々な極鎧に絡みついて締め上げると、金属の装甲はゆっくりと罅割れていく。


 その音と軋みを至近距離で聞く羽目になった貴族達は、極鎧の中で狼狽え中には涙や尿を垂れ流している者だっていた。


 最後方にいた見物人達はとっくに逃げ去って難を逃れていたのは幸いだっただろう。生身の存在が極鎧でも軋む攻撃を受けたなら、即座に肉塊になり果てたに違いない。


『ゲココココ。助けてほしいであるか? うん? さあ言ってみるのだ』


 たった一体で多くの極鎧を制圧したカエルは、上級悪魔に相応しい力量を見せつけながら優しく語り掛ける。


 命のやり取りなど想定……想像すらしていなかった貴族や聖職者達の答えは一つだ。


「た、助けて!」


「助けてください!」


 立場、身分、思想、国など関係ない。


 エルフ、ダークエルフ、人族も関係ない。


 ただ死にたくないという共通点を持った彼らは、この日初めて団結することができた。命乞いという団結を。


 すると妙なことが起こった。


『俺様に感謝するのだ。さあ、感謝を口にせよ』


 カエルがそう言うと、極鎧を締め上げていた触手が拘束を解き、命乞いをした者達を開放したではないか。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 場は感謝の声で溢れた。まるで素晴らしい善行に対して、心の底から喜ぶように悪魔に対して感謝し続ける。


『行くといいのである。もう悪いことはするんじゃないぞ』


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 更に悪魔は、寛大にも許しを与えたではないか。これには神々も喜ぶに違いない。


 そして許された者達は、碌に動かない極鎧を装着したまま這い、一刻もこの場から遠ざかるために背を向ける。


 姫君を置いたまま。


『ゲコ。ゲコ。ゲコ』


 カエルの口から抑えきれない声が漏れる。


『見捨てられてしまったなあ。可哀想だなあ。酷い話だなあ。そうは思わないか? 俺様は思うのである。ああ、これはきちんと教えてあげようではないか。彼らにとってお前達は価値がない。お前達のことなんてどうでもいい。好意がない。愛などない。命を投げ出す必要がない』


 カエルは吊るされている姫君の前で往復を繰り返し、親切にもなぜこのようなことが起きたかを説明した。


『辱められようが嬲られようが知ったことではない。そこらのゴミ屑がどうなろうがどうでもいい。そうは思わないかねゴミ屑諸君?』


「あああああああ⁉」


「は、話が違う!」


「助けてえええええ!」


 次にカエルは逃げている者達の最後尾、つまり儀式では最前列にいた者達を無作為に選ぶと、触手を使って自分の傍に引き寄せた。


 その中にはフレッドを殴った伯爵家の子息も含まれているが、彼らは確かに姫君のためなら命を捨てると断言したはずだ。


 ならば次に行われるカエルの提案にも頷くだろう。


『少々話を聞きたくてね。この女達を開放する代わりに、君達の命を頂戴しようかと思ったのである。どうかな? 素直な気持ちを聞かせて欲しい』


「い、いやだああああ!」


『うむ。君達の気持ちはよく分かったのである。行ってよし。ああ、感謝の言葉を再び忘れずに』


「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 そんな訳がない。


 命を捨てるなど例えだ。比喩だ。絶対に安全な場所かつ、決して命を失わない状況での話だ。


 騎国、熱砂国を背負って立つ将来の大貴族は、はっきりと姫君を見捨てるどころか、悪魔に何度も感謝して遠ざかる。


『ああ、なんたることだ。俺様はどうやら、誰も触りたくないゴミ屑を捕まえてしまったのだ。汚い汚い。直接触りたくもないのである』


 カエルは姫君達からの罵詈雑言を嫌ったのか、その口を触手で覆いながら煽る。


 そして、コーデリア、アドラシオン、ソルの殺意が漲っている瞳も、哀れを誘うレティの涙目も無視して次に進むことにした。


『だが万物には等しく価値がある。親切な俺様はお前達の価値をきちんと把握してあげようではないか』


 どうやっているのかカエルそのままの指で音を鳴らすと、逃げている男達から僅かな光が漏れ出して集い始める。


 その集った光はカエルがひと手間加えることで、とある風景を作り出した。


『俺様はよーく学んでいるのだ。女をオークション形式で買って好き放題するのが男の好みなのだから、きっと相応しい値段を付けてくれるに違いないのだ』


 ぎょっとした姫君だが、目の前の光景はあまりにも不可思議だった。


 生気のない男達の顔は、確かに今現在逃げている者の顔だが、彼らの視線の先には手枷を填められているコーデリア、レティ、アドラシオン、ソルの姿があった。


 しかし、現実の姫君は触手に拘束されたままであり、まるでもう一人の自分がいるような錯覚に襲われる。


『さあ皆さん、オークション開始です!』


『俺だ! 俺が買う!』


『いいや俺だ!』


 オークションが開催されると、煽情的で薄い服を着せられている姫君に、男達は興奮してどんどんと値を吊り上げていく。


『ああ、少々説明をしてやろうではないか。これは願いや望みの仮定を映し出す魔法である。それを少し弄って、お前達の立場や身分の付加価値を男の脳内から取っ払い、容姿に優れただけの商品としての価値を競わせているのである。よかったではないか。少なくともこれだけの金を払って、お前達を手に入れたいと願い望む者達がいるのだ。決してゴミ屑ではないから安心するといい』


 貶して貶して、貶し続けるカエルは手を緩めることがない。


『俺様はよーく学んでいるのだ。人の意識を奪い自由に従わせる機械があれば……確か人族は催眠術と言っていたな。それがあれば好き放題なことをするのだ』


 別に映し出された光景は、男がなにかを持って姫君に見せているものだ。


『やった! 効果があった! さあ言うことを聞け!』


 そして男は、ボーっとしている姫君に喜ぶ。次の男も、次も、次も次も次も。流れ続ける全ての光景の男達が、自我のない姫君に喜んでいる。


『ああ。ああ……なんという悲劇なのだ。お前達に意識など必要ない。その体だけがあればいいのである。感情も必要ない。愛も必要ない。ただ黙って言うことを聞くだけの道具でいいのだ。彼らはそう願っているのである。おっと、誓わせてもらうのだが、決して意識は弄っていないのである。だからこれは彼らが本当に望んでいるものである。まあ、これが嘘だったとしても、お前達が見捨てられたのは単なる事実だが』


 あまりにも惨いものを見たといわんばかりに悲壮感が漂うカエルだが、口調の隅々に抑えきれない嘲笑と喜悦が混ざっている。


『さあてどうしてくれようか。素直に殺すのはあまりにも勿体無い。そうだ、魔界に招待してやろうではないか。母体として兵士を生み続けるといい。おっと、汚いお前達に触りたくないと思う者も多いかもしれんなあ。ならまずは全身の皮を剥いで消毒しなければなるまい』


 しかし、カエルと様々な感情で震え始めた姫君を放っておいて、映し出されている光景に異物が混ざった。


『うん?』


 それに気が付いたカエルが首を傾げるが、光景の事態は勝手に進んでいく。


『さあ他にはいませんかごぺっ』


 オークション会場を煽って値を吊り上げようとしていた司会が、突然現れた大柄な人族にぶん殴られて吹っ飛んだではないか。


『はーい。人身売買は違法ですよー。それはそうと、気に入らないんだけど分かる? この感情』


 コーデリアの記憶にだけ引っかかった男は従業員を次々に殴りつけ、姫君達の手枷を外してしまった。


 更にもう一つの光景でも異常が起こる。


『なんだこの悪趣味?』


 人の意識を奪う道具を地面に置いた男は、どこからともなくハンマーを取り出して叩き壊したではないか。


『なんだはこちらの台詞なのだが、誰であるかこの男?』


 これにはカエルも首を傾げ、思わず姫君に尋ねてしまったが、彼女達は口を塞がれている上に正しい答えを持ち合わせていなかった。


『……あれか?』


 だが答えは直ぐにやって来た。


 カエルは映し出された光景ではなく、現実世界でやって来ている極鎧を確認して観察する。


『なんだ? オーク? いや、オーク型のパワードスーツ? 新型であるか? なぜあのような形に? 意味が分からんのである』


 疑問符だけがカエルの脳裏に浮かぶ。


 屈強な外見で緑の装甲はいい。だがその顔はどう見てもカエルが知っている魔物のオークで、なぜそんなものを模しているのかは、上級悪魔ですら理解できないものだ。


 そんなオーク型極鎧が地を駆ける。


 早い。


 太い脚は大地にくっきりとした痕跡を残しながら、這っていた者達をあっという間に通り過ぎ、見る見るうちに近づいてくる。


『ふむ』


 カエルは焦ることなく、多くの極鎧が機能不全になった雷を放って様子を見ることにした。


『ほう! ようやくまともな奴の登場か!』


 だが雷は確か直撃したのに、オーク型は微塵も揺るがず最短距離でカエルを目指し、両手にそれぞれ持った斧が殺しの瞬間を待ちわびているようだ。


『ならばお前の望みと願いを見せてやろう!』


 失策……だろう。


 望みや願いを司る高位悪魔のカエルは、その力を用いて敵を誘惑し、我を忘れて幸福に浸った顔が絶望に変わるのがなにより好きだった。


 しかし、正解だったのは触手を使ってのごり押しだった。


『あ?』


 ポカンとしたカエルの声が空しく響く。


 愚か極まりない馬鹿の声だ。


 敵を殺す。絶対に殺す。


 姫君の安全を確保する。絶対に確保する。


 この二つの思考しかしていない者に、願いと望みを司る力を使えばどうなるか。


『じょ、冗談ではないのである!』


 カエルは即死こそしなかったが、脳天から股まで大きな亀裂が走り、そこから多くの力が漏れ出す事態を招いてしまった。


 カエルを影が覆う。


 異常な出力の体を軋ませているオークが距離を詰め、右手の斧を振り下ろす寸前。左手の斧は防がれた場合に備え、胴に叩きこむ構えを見せている。


 最早お互い必殺の間合いであり、勝負は長引かないだろう。


『舐めるな!』


 カエルの頭と胴を守るように、複雑な紋様で構成されている魔法陣のような物が展開されると、オークの斧とぶつかり合った。


(特級ほどではないがこの人工筋肉の出力っ⁉)


 だがカエルの力が漏れている状況で展開した障壁は、赤熱化しているオークの斧に耐えきれず、無数の罅割れが生じてしまう。


 それよりも問題だったのは……。


 上半身に気を取られて気が付くのが遅れ、オークの蹴りを真っ正面から受けたことで逆を向いてしまった膝関節だ。


(マズいっ⁉)


 叫びたくなるような激痛を感じたカエルだが、そんなものに構っていては命がないと理解してる。


 姿勢は崩れ、更に漏れ出す力を必死に纏めながらも、渾身の力を込めた触手を足元に生み出し、どんな槍をも凌駕する鋭い先端を飛翔させる。


 さくりと軽い音が二回響いた。


 狙いが僅かに逸れた触手はオークの左腕を丸ごと切断したが、頭か胴体に当たらなければ意味がない。


 血走ったかのようなオークの赤い瞳が一層輝き、残った右腕の斧がカエルの顔にめり込むと、鋭い刃が一瞬で醜い肉塊を生み出した。


 だが、大人しく死ぬ程度の存在なら、姫君やオークの祖先は苦労しなかった。


 カエルは頭部を縦に割られながら、ぎょろりと目を動かして範囲を確認すると、命を燃やして道連れにすることにした。


 一瞬の出来事だ。


 灰の様に燃え尽きたカエルを中心にオーク、姫君達を巻き込んで景色が歪み、罅割れた空間から何かが溢れそうになっていた。


「っ!」


 オークは咄嗟に、触手の拘束が解かれてすぐ近くの地面に倒れ伏したコーデリア……の足元に落ちていた盾を残った右腕で拾い、罅割れた空間に向かって構えた。


 光が奔った。


 生物が本能的に恐れるような破壊のエネルギーが漏れ出し、姫君達を守るように前へ出たオークの盾に着弾。


 聖典に記されし伝説級の盾は小動もせずに光を防ぎ……彼ら全員が空間の歪みに巻き込まれた。


【友軍に対する時空転移攻撃を確認。指定座標、魔界。介入開始。指定座標を前哨基地α-12に変更】


 どこからともなく耳障りな声が聞こえた。


「え?」


 気が付けばオークも、そして姫君達も、金属で覆われた見たことのない建物や、どことなく馬車に似ている物体が複数点在する場所にいた。


『システム復旧。重傷者を確認』


 事態は続けざまに起こる。


 レティの極鎧から女性的な声が発せられると、棺桶のような青い箱が開いて透明な液体が溢れ出す。


 そして限界を迎えたオークが膝をつき、極鎧が解除されるのも同時だった。


「っ⁉」


 姫君達が言葉に詰まったのも無理はない。切断された左腕は極鎧の機能で止血作用のあるジェルが塗られていたものの、それでも大量の出血を完全に抑えきれず血まみれだ。


 更に盾を構えていた右腕だが、確かに盾は無事だった。しかし、右腕は上腕の半ばまで炭化しており、満身創痍という言葉では足りない有様だ。


『再生治療開始』


 気を失うどころか命を失う寸前の男だったが、青い箱から金属の触手のような物が伸びて彼に絡みつき、なにかの溶液に満ちている内部に取り込むと蓋が閉まった。


「これ、伝説の……」


 呟くレティのみならず、この場にいる姫君は聖典に記載されている聖女型極鎧の機能を一部だけ知っていた。


 聖典によると聖女の棺桶は死者に用いるものにあらず。死に瀕している者に生気を与え、失われた四肢すらも新たに再生する奇跡の結晶だった。


「覚えある?」


「ううん。ソルちゃんに見覚えはないよ」


 一方、アドラシオンとソルはガラスがはめ込まれたような棺桶の小窓を覗き込み、完全に気を失った男の顔を確認していた。しかし日に焼けた肌は熱砂国の住人に多いものの全く見覚えがなく、二人は首を傾げながら疑問を感じた。


「見せてくれっ」


 コーデリアとレティも慌てて続き、アドラシオンとソルの空間に割り込んで小窓を覗いた。


「……覚えがある」


 コーデリアはつい先日の騒動を思い出した。


「名前は確か……フレッド」


 唯一のモンスター型極鎧所持者の名も。

もし面白いと思ってくださったら、ブックマーク、下の☆で評価していただけると作者が泣いて喜びます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一瞬カードが召喚したのかと思ったらカエルだった なんだかわからんが兎に角ヨシ
人の醜さを押し付けてくるのは民草に効果抜群! ただし英雄には逆効果だ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ