聖なる行軍
天気は雲一つない晴天。これぞ聖典に記されし、聖なる行軍に相応しい日だ。
そして各国の極鎧所持者。男が約二百名、女が百五十名。合計するとおよそ三百五十名ほどの若者達が神殿前に集まっている。
「今日は誠に目出度い日だ!」
清らかな篩の教皇、エルフのオベールが高らかに祝う。
この二百歳歳を過ぎた模範的な清らかな篩の頂点は、腹が突き出て聖なる衣を盛り上げている。
そして高所から、集団の先頭にいる騎国の赤青花ことコーデリア、レティ姉妹。熱砂国の金銀ことアドラシオンとソルを何度もちらちらと見ては、また集団全体を見渡していた。
(早くも神殿から去ってしまうとはなんと惜しい。いや、聖女型に期待だな)
考えていることもまた身分に相応しいだろう。オベールは聖なる行軍が始まると、絶世の美女とも言える四人がここから去ってしまうことを残念がっていた。
そして政治工作によってはレティを手に入れることができるかもしれないと思っている一人でもあり、特に彼女への視線が強かった。
(ひょっとしてモンスター型は俺だけか? 伝説級が複数いるならある意味貴重だ)
なお集団の最後尾ではフレッドが周りを観察しながら呑気なことを考えており、誰の視界にも入っていなかった。
「今日行われる聖なる行軍とは由緒正しい儀式である!」
(これは長くなりそうだ)
お約束のような長くありがたい説法が始まると確信したフレッドは、現実逃避気味に脳内で戦闘の想定を行いながら、重要そうな部分だけをなんとか耳に入れた。
「そもそも聖なる行軍とは伝説級パーワードスーツ所持者達と古代の神々が協力して、この世界に侵攻してきた悪魔の軍勢を打ち破ったことを由来にしている!」
そんなことは多くの者が知っており、まともにありがたいお話を聞いているのは生真面目なコーデリアと、信心深いレティ。あと数名だ。殆どの者はもう分ってるってと言わんばかりの感情を抱いている。
アドラシオンは豊かな体をゆさりと揺らしてあくびをかみ殺しているし、ソルは地元ではない他所の説法に忌避感がる……と言うより単純に興味がなさそうだ。
「それでは出発!」
(ようやく終わった)
フレッド、アドラシオン、ソルが身分を超えた感想を抱く。三十分も直立で話を聞かされたなら当然だろう。
そしてここからがようやく本番であり、この場にいる者達は伝説の目撃者となる。
「装着!」
コーデリアの手の甲にある紋章が赤に輝く。
彼女の着ていた婦人服は光の粒子になって収納されると、代わりに極鎧の装着に適した衣服が現れた。
だがそれを衣服と表現していいものか。
黒い布があまりにもぴったりと、まるで彼女の肌に張り付いたかのように胴から手と足の指先まで伸びて包む。
そして胸部、肘と膝の先から赤い装甲板が出現するが、儀式とは違う要素もある。
先の尖った小さな王冠の様なものが彼女の頭を飾り、柔らかな金色の光を放っているだけでなく……。
『ヒヒーン!』
馬の嘶きではある。異様に真っ白で、更には黄色の角を生やした金属の馬が嘶き、コーデリアを背に乗せて佇む。
「伝承の通りだ……!」
「ユニコーン型の機械馬!」
聖職者達が興奮して囁く。
伝承によれば姫騎士型極鎧は、ユニコーンの如き機械馬と共に戦場を駆けて悪を滅ぼしたと伝えられていた。
「そ、装着!」
レティの紋章が光を放ち聖女型極鎧が現れる。
異母姉と同じように婦人服から黒い専用服に変わったレティの腕と足に、青く丸みを帯びた巨大な装甲が形成されると、先端に女神像を象ったような装飾のある杖が彼女の手に納まる。
更に頭では銀色のティアラが輝き、背では青い円形の物体が回転していたが、やはり伝説級だけあって他の部分が無防備に見える。レティの胴体は専用服を除けば、首から垂れた白い二本の帯が胸部、腹部を僅かに隠しているだけで意味があるとは思えない。
「浮いてる……」
いかなる力が働いているのか、レティは浮いている青い棺の様な物に腰掛けている姿勢となっており、自分の極鎧の能力なのにどうなっているのか分からず首を傾げた。
「そ、う、ちゃ、く」
わざと妙に色っぽい声を漏らすアドラシオンの女王型極鎧は異形だ。
纏っていた布が消え去り、コーデリアやレティとは反対の真っ白な専用服がアドラシオンにぴったりと引っ付いた途端、背後に黄金の玉座の様な物が生成される。
そして複雑な紋様が施された玉座にアドラシオンが座って足を組むと、その紋様の隙間から発光する線のようなものが幾つも飛び出て、まるで蛇のように彼女のしなやかな指に絡みつく。
途端に異変が起こった。
「何だ⁉」
アドラシオンの極鎧を知らぬ他国の者が驚くのは無理もない。
突然彼女の周囲の地面が隆起すると、まるで屍が起き上がったかのように金属の腕が幾つも飛び出て這い上がってくる。
それらが完全に姿を現すと、余計に屍のような印象を受けるだろう。まるで人間の骨格を模したかのような金属の存在達は、アドラシオンの玉座から伸びた棒を持つと、彼女に従う下僕として玉座を持ち上げた。
「そうちゃーく」
続いてソルの紋章が輝き、真っ白な専用服が彼女に張り付く。
するとベールが垂れたとんがり帽子は金属化したように輝き、ベールだけがそのまま揺れている。更に手足に装着された銀色の装甲は小柄なソルに相応しいサイズで、殆ど彼女のものと変わらない大きさだ。
「ふーい」
更にソルの周りを金属製の本と箒、奇妙な魔法陣の様な物、大鍋が浮かんでいる。しかし、なぜかソルは大鍋の中にすっぽり入って、まるで入浴しているかのように寛いでいた。
「……」
現代に復活した。そして明らかに通常の極鎧とは違う伝説級の目撃者達は、聖職者や貴族に関わらず固まってしまう。
「そ、装着!」
「装着!」
「装着!」
だがいつまでもそうしている訳にはいかない。
集まった男女は次々と極鎧を装着するが、やはり性差に関係なく基本的には全身鎧に似た物ばかりだ。
それでも若い極鎧装着者が二百五十名。更に護衛と先導の役割を持つ、清らかな篩に所属している大人の極鎧装着者が三十名もいれば、圧倒される光景が出来上がる。
なお少数の人族は数に入っていない。
(やっぱ俺だけか)
最後尾に位置するフレッドもまた緑色の全身装甲を身に纏いながら周囲を見渡し、明らかなモンスター型がいないことを認識した。
(こっちはこっちでありだと思うんだが……まあ、単に歩くだけなら全部お任せしたい気持ちは分かる)
極鎧の確認を終えているフレッドは、紛れ込んだ異物である自分を二度見してくる他国の人間に、少し物申したい気持ちになる。
しかし、補助機能がないのもまた事実であり、フレッドだけが正確な肉体の動作が求められていた。
(それにしても変に揉めなくてよかった)
フレッドは前日に自国の青年に殴られコーデリアと少々のやり取りがあったが、それから特に接触はなかった。
つい前日だったことに加え、コーデリアは聖職者と話をせねばならずなにかと忙しいため、当事者の青年に謝っておけと言う程度のことしかできていない。そしてその青年も、態々フレッドを探して謝罪する筈がなく、発生した問題は消え去った。
(訓練施設を出たらどうするか……自分探しの旅?)
尤も面倒事がなくなっても人生という難題はそのままだ。故郷の領地を継ぐ人生の目的が完全に消え去ったため、フレッドは自分で道を切り開かねばならない。
明暗ははっきり分かれている。
先頭にいて輝く未来が約束されている女達。その周囲で栄達が約束されている若者達。
そして最後方で真っ暗な道を歩いている男。
誰がどう見ても人生の勝者と敗者は決まりきっている。
アドラシオンとソルは他国の末端であるフレッドを知らない。前日に会ったコーデリアやレティもそうだが、特にレティは彼をきちんと認識していない。
フレッドもまた彼女達を天上のエルフだと思い、ある意味でお互いに眼中にないと言っていいだろう。
だが……秩序や仕来りは……煮詰まった時代に砕かれる物なのである。
特に死地では。
◆
「わあああああ!」
神殿を出発した聖なる行軍の参加者は、清らかな篩のエルフ信徒達から大きな歓声を受けて歩く。
聖なる行軍は一年に一回の行事であるため信徒達も慣れたものだが、今年は伝説級という例外が存在するので、例年よりも歓声の種類が大きかった。
「あれがそうか!」
「確かに凄い存在感だ!」
先導の大人達のすぐ後。コーデリアが騎馬、レティが棺の様な箱、アドラシオンが玉座、ソルが大鍋に乗って移動している姿は、見慣れた筈の聖なる行軍を全く違う物に昇華している。
(美人だ……!)
(なんと美しい)
更に四人の姫君は全員が見目麗しく、男達の視線を釘付けにしていた。とは言え単なる信徒は平民と変わらず、上位聖職者のような邪な発想を浮かべることはない。
ではその姫君達はなにを考えているのか。
(まさかこうも近くで一緒になるとは……)
(神々よ。お守りください……)
コーデリアとレティは至近距離にいるアドラシオンとソルが気になって仕方ないようで、目に見えるような警戒心を纏っている。
一方、アドラシオンとソルの方も仲良くする気はないようだが、こちらは色々と正直だった。
「生真面目が人間になったみたいで全く面白くないわね。男の趣味も合わなそう。ねえソル?」
「いや、男の趣味とか言われても困るんだけどなあ」
「あんなすまし顔だけど、男に入れ込んだらぐずぐずに溶けて女の顔になるわよきっと。赤いのは男に抱き着いたまま馬に乗って、青いのは棺桶みたいな箱の中でコッソリお楽しみタイムね。そんでソルは大鍋の中で男と入浴」
「なんでこっちに流れ矢が飛んでくるのか分からないかなって。ならアドラシオンは男の首に絡みついてそいつの上に座るといいよ」
「気に入る男がいたらね」
アドラシオンは玉座を大鍋に浮かんでいるソルに近寄らせると、艶やかな唇から下世話な言葉を発した。
幸い小声だったためコーデリアとレティには聞こえなかったが、もし聞こえていれば顔を真っ赤にして睨みつけただろう。
尤もソルの方も困っていた。
(男の趣味が合ったところでって感じなんだけど)
ソルは代々優秀な神官を輩出している家の生まれだが、立場では王女のアドラシオンが上だ。しかし、付き合いが長く親友でもある二人は気の置けない仲で、時折結婚相手のことを話題にすることもある。
単ある遊びだ。
両者共に結婚相手は家が選ぶものであり、相手との相性や好悪、趣味は全く関係ない。
「そっちは婚約者いる?」
「なっ⁉」
「……っ⁉」
「別に隠すことでもないのにその反応。いないみたいね。やっぱりそっちも訓練施設を出てからなのが決まり?」
更にアドラシオンはソルの耳元から頭を話すと、少し離れたところにいるコーデリアとレティを巻き込んだ。
急に妙な話を振られた二人は言葉に詰まったが、この反応を見たアドラシオンは隣国が誇る赤青花の婚約者も決まっていないようだと察した。
実際、若干遅いのだが騎国や熱砂国の王女の婚約は訓練施設を出た後に決まることが多かった。
「伝説級が付属したからややこしくなってるのよねー。その内殴り合いで男が決まりそう」
アドラシオンが独り言を呟く。
ただでさえ熱砂国の王女であるアドラシオンが、伝説級極鎧を入手したのだ。今現在の熱砂国では彼女の嫁ぎ先を巡って様々な駆け引きが発生しており、それは知らないだけでコーデリアとレティも同じ状況だった。
「はしたないぞエリモス!」
「そ、そうです!」
コーデリアとレティが抗議する。
コーデリアが受けた教育では、男との交流は手紙のやり取りから始まるようなものであり、レティに至っては善行を積めば相応しい男が現れ、自然と子供ができると教えられている始末だ。
そんな彼女達にいきなり男がどうのこうのと言っても赤面するだけであり、アドラシオンが期待するような答えが返ってくる筈がない。
(後ろにいる誰かだとは思うんだが……)
コーデリアもすぐ後ろにいる公爵家の青年達の誰かと自分は結婚するのだろうと理解していたが、どうにも結婚後の生活を想像することができなかった。
(殿方と結婚……?)
レティもレティで、神に仕えている自分が男の隣にいるのはどうなんだろうと考えていた。もし、聖職者の邪な企みを知れば恐怖を覚える前に理解ができないだろう。
一方、最後尾のフレッドは……。
「あれ? ひょっとしてモンスター型?」
「珍しいな……」
「オークじゃないか」
「初めて見た」
別の意味で注目を集めていた。
アシスト機能がないため貴族からは馬鹿にされるモンスター型だが、性能の良し悪しとは縁がない普通の人間からすれば、非常に珍しい極鎧という程度に過ぎない。そのため伝説級には遠く及ばないものの、妙なところで特別感があった。
だが、残念な特別扱いも同時に引き起こす。
「明日、モンスター型は不参加ですか」
「ああ」
半日ほど行軍したフレッドは宿泊施設のある街に到着すると、聖職者から今更な通達を受ける。そして聖職者の背後には騎国の若者達が複数いて、彼らと繋がりのある上級貴族のエルフ青年もいた。
「確かに伝えたぞ」
「分かりました」
(こりゃ怒ってるなあ)
聖職者が一方的な通達をすると、エルフの中では比較的地位の低い者達の怒りを察した。
「調子に乗るんじゃないぞ」
「ゴミは隅にいろ」
「人族め」
「鬱陶しいんだよ」
「モンスター型如きが」
聖職者が去るとエルフの青年達がフレッドへの悪態を吐いた。
エルフの中では地位が低い者にとって、聖なる行軍は一生に一度の晴れ舞台と言っていい。尤も彼らは比較的身分が低いため最後尾に近いのだが、それでも名誉ある行事に参加していると思っている。
つまり更に後ろにいて、変に注目を集めているフレッドは非常に邪魔なのだ。それに加え劣った存在と一緒に扱われるのが嫌で堪らず不満を漏らしていたところに、フレッドを殴った伯爵家の青年が結びついた。
騒動はうやむやにして終わらせたが、もしまたコーデリアがフレッドを見て妙なことを言い出したら困ると浅い考えを持った彼は、聖職者に働きかけてフレッドを聖なる行軍から排除することにしたのだ。
これは仕方ないことだろう。ミスや失敗後の馬鹿げた嘘、企み、遮蔽はセットの様な物であり、古代から常に人の真後ろにいるのだから。
「仰る通りです」
(まあ仕方ない)
フレッドは悪態の嵐に抗議することなく同意する。
聖職者への恨みもない。
木っ端貴族どころか平民に等しいフレッドより、きちんとした貴族の子息が徒党を組んで、更に伯爵家の者まで絡んでいるならそちらを優先するのは当然である。
聖職者にすれば、聖なる儀式の最中だろうが必要なのは金と縁故であり、フレッドに味方するより集まった者達の言うことを聞いた方がずっとメリットがあった。
もしフレッドが清らかな篩や騎国に抗議しても無駄だ。抗議する行動そのものにも金と縁故が必要であり、更には人族なのだからどこかで握りつぶされるどころか話を聞いてすらもらえない。
尤も流石に他国の介入でフレッドが参加できない状態になれば、面子を潰された騎国が抗議を受け付けるだろうが、その工作をしたのは自国の面々なのだから意味のない仮定だ。
常識外れ……なのではない。これが当たり前になっている世界なのだ。
「二度と顔を見せるんじゃないぞ」
「ゴミが」
フレッドは青年達の置き土産である拳を顔に受けても不動だ。
強者だけが弱者を虐げている訳ではない。弱者は更なる弱者に強者として振る舞い、上位の存在に比べたらちっぽけな自尊心を満たすために虐げる。
それは歴史が繰り返してきたサイクルの一環でしかなくありふれた光景だ。
「さて、急に暇になったな」
尤もそのくらいでへこたれるような男ではなかったが。
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