馬鹿達の舞台裏4
「あれが訓練施設か……」
空飛ぶ船から地上を眺めた貴族の子弟達は、太陽の光を反射する金属の建物群を観察した。
非常に大きな金属の建物が幾つも並ぶ威容は、多くの者にとって未知のものであり……そして栄光への通過点だ。
「父上達は訓練施設で群れたオークを打ち破ったらしい」
「聞いた話だが祖父の代では、公爵家が連合となってドラゴンを討伐したとか」
身内から訓練施設での武勇伝を聞かされて育った子弟達には、この場では武名を轟かせることができるのだという思い込みがある。
訓練施設でオークの大軍、凶悪なリザードマン、特殊なスライム、強大な狼、果てはドラゴンすらも打倒してきた子弟達の先祖は代々それを誇っていた。そして国家間の戦争が起こっていないため、武功と言えばもっぱら訓練施設での戦果となる関係上、殊更それを大きく宣伝することが多かった。
なお余談だが極鎧の補助機能のお陰で、個々人の強さはそれほど大差なく、活躍しようと思えば下位の貴族達もなんとかなる。しかし高位の貴族が張り切っている場で態々目立つような愚か者は存在せず、大抵は隅で細々としていることが多かった。
(ただ部屋が狭い上に質素だと聞いてるんだよなあ……)
ここで一人の子弟が訓練施設を貶す。
訓練施設だが清らかな篩が整えているベッドや家具などはかなり厳密な規定が設けられており、これに違反しようとした者は姿なき声に制止されている。
そのため高位貴族は訓練施設を楽にしたかったが部屋だけは我慢しなければならなかったと評していた。
更に食事も奇妙で神の遺物とされるこの施設は、指定された食材を特定の場所に捧げると、料理が出てくる魔法が施されているのだ。
そんな施設を見ながら一行は地上に降り立ったが、変に興奮している聖職者に迎えられた。
「ああ、騎国の皆様……なんと素晴らしいことなのでしょう。おめでとうございます」
珍しく欲に濁っていないのか、普通の体型をしている中年の聖職者が感動に震えていた。
「ギルバート司祭、どうされました?」
「ど、ど、どうされました?」
短い灰色の髪と瞳、歳の割には深い皺が目立つ中年司祭ギルバートは、空飛ぶ船から降りてきた同僚司祭の言葉に、素っ頓狂な声を漏らして目を大きく見開いた。
このギルバート司祭、訓練施設がある周囲の土地の責任者なのだが中々表情豊かで、かなり個性的な人物として知られていた。
「あ、いえ、申し訳ありません。コーデリア様、レティ様がご無事の件ですか」
「……うん?」
この反応を見た司祭は、ギルバートが騎国の子弟達に対してコーデリア、レティの無事をきちんと知らせるのだと思った。それは子弟達も同じで、ギルバートのおめでとうという言葉は、姫君達の無事を祝っているものだと勘違いした。
しかしギルバートは、何やら行き違いがあったのではと気が付く。
「フレッド様の件は伝わっていますか?」
「フレッド様……ですか? いえ、心当たりがありません。移動中に齎された情報は、姫君方が大いなる神の御助力でご無事だということだけです」
「な、なんてことだ……慌てていたとはいえ手抜かりが酷い……」
確認をしたギルバートは、心底驚いた表情を浮かべてすぐ天を仰いだ。
彼の頭の中では、全ての人間が優先する情報が抜け落ちて、姫君の無事だけが伝えられたのは理解の範疇の外だった。
「おっほん。では改めて私がお伝えさせていただきます。騎国のフレッド様が上級悪魔を討伐され、大いなる神が直接その功績を称えられました。そして特別ゲキツイ王、並びに神々の軍勢の階級であるリンジショウサに任命されました。誠におめでとうございます」
「上級悪魔を討伐したのは大いなる神ではなかったのか⁉」
「王⁉」
気を取り直したギルバートの発言に、ざわめきと言う表現では収まらない混乱が起こった。
子弟達は、姫君が無事なのは全て大いなる神の力によるものだと思い込んでいたため、他の誰かに功績があるとは夢にも思っていなかった。
しかもその大いなる神が王の称号を与えたとあれば、類似する現象は騎国の建国神話まで遡る必要がある偉業だ。
謎もあったが。
「フレッド様とはどなただ?」
「覚えはありませんね……」
「フレッド様……?」
騎国の者が大いなる神に選ばれて王の称号を授けられたのは喜ばしいことだが、王家や公爵家のエルフにそのような名前の人物はおらず、子弟達には全く心当たりがなかった。
思い込みと表現するのは酷だろう。普通に考えたら超常の神に選ばれるのは高貴な者の特権であり、平民や末端の貴族と王族、どちらかと問われれば百人中百人が王族と答えるに決まっている。
(誰のことだ?)
その中にはベンジャミンも混ざっていた。
誰もが人族の中年など思い浮かべない。侮った男のことなど思い出さない。殴った木っ端の声など想像しない。
「ご挨拶された方がよろしいでしょう」
ギルバート司祭の言葉に、子弟達は疑問を一旦置いておくことにした。どのみち会えば分かることだし、将来的な出世や縁のことを考えると望むところであった。
極一部にとって破滅を招きかねない事態だったが。