馬鹿達の舞台裏2 元養父
プラーシノ家に一報が齎されたのは少々遅かった。
「じょ、上級悪魔が聖なる行軍の儀式中に現れた?」
「は、はい」
目を大きく見開いたアンソニー・プラーシノは耳を疑ってしまった。
下から数えた方が圧倒的に早い男爵家にしてみれば、上級悪魔なんてものは御伽噺に登場する存在であり、現れることなど全く想定していない。
そのため家臣からの報告を聞いたアンソニーは、上級悪魔の出現は実際のことなのかと混乱してしまう。
「そ、それでどうなった?」
「王家のコーデリア様、レティ様。それと他国の人間が上級悪魔に連れ去られたと」
「なんたる……」
事情を知ったアンソニーは愕然としたがそれだけだ。
木っ端貴族のプラーシノ家は良くも悪くも指示をされてから動く立場であり、上級悪魔の対応など任される筈がない。それに王家の姫君も、アンソニーにすれば顔も知らない他人なのだから、プラーシノ家は、大騒ぎの端でいつも通り領地を纏めているだけでよかった。
いや、アンソニーにとってこの事件は大きな意味合いがある。
「……フレッドはどうなった?」
「上級悪魔と姫様達のことだけしか伝わっておりません。続けて第二報があれば詳しいことも分かると思いますが……」
縁を切ったのだから態々聞かなくていいことをアンソニーは尋ねたが、混乱を極めている状況で実質平民となった男の安否が分かるはずもない。
なにせ伯爵家の子弟であるベンジャミンですら、当初は生死不明で身内が必死に情報を集め、ようやく無事であることが確認されたのだ。伝手など限られているプラーシノ家が、フレッドの安否を確認するのは無理だ。
(死ねば万々歳なのだが)
アンソニーがフレッドのことを尋ねたのは、元養子が死ねばより確実に息子へ男爵家を引き継がせることができると思ったからだ。
(やはり殺しておくべきだったか?)
フレッドに対してアンソニーが未練を残しているとすれば、それは追放などという生温いことをせず、命を奪っていればよかったと思うことだ。
この老いた男はフレッドを追放して安心するどころか、益々猜疑心が強くなってしまい、いつかフレッドがプラーシノ家に舞い戻って自分に復讐するのではないかと考え始めた。
馬鹿な話だ。自分がフレッドを追い出したくせに、それが原因で復讐されると思うのだから、一人で勝手に遊んでいるようなものである。
しかもこの発想には、フレッドをどうやって殺すのかという過程がすっぽ抜けており、この辺りにもアンソニーの老いと視野狭窄が滲んでいた。
(それに、どこかにフレッドに通じている者がいる)
更にアンソニーは、フレッドを庇うような動きを見せた家臣が多かったため彼らも疑っていた。
もしこれを家臣達が知れば、お前が馬鹿なことをしようとしたから止めたんだと激怒するだろうが、アンソニーの視点では正しい血統の引継ぎを邪魔する者でしかない。
とは言えフレッドにすれば、男爵家の件は終わった話でありこだわる理由は全くなく、アンソニーだけが被害妄想に囚われていた。
(いや待てよ? フレッドが醜態を晒せば我が家の責任問題になるのではないか?)
またアンソニーの被害妄想が爆発したが、僅かながら論理的な考えでもある。
役に立たないオーク型極鎧を手にした者が、上級悪魔の現れた場所でどうなるかと質問したとしよう。大抵は活躍するよりも、役に立たないどころか足手纏いになると判断する者の方が多いだろう。
実際アンソニーも同じ発想になり、フレッドがなんの役に立たなかったと決めつけ、王宮や高位の貴族から厳しく叱責されることを恐れた。
そして彼の頭の中では、聖なる行軍に参加した貴族の子弟達が奮戦している中、フレッドだけが逃げ出している光景が映し出された。
「フレッドは確かに我が家から切り離したのだな?」
「はい……手続きは終了しております」
「うむ」
念を押して確認したアンソニーはひとまず安堵した。
既にプラーシノ家ではフレッドとの養子縁組解除の手続きが完了しており、公的な繋がりも喪失していた。
(逃げたフレッドのせいで問題になるのはごめんだ。なにかを言われるだろうが、我が家とは関係ない)
これでもしフレッドが悪目立ちして問題となっても、アンソニーは関係ない男だと言い張るつもりだった。
知らないのは幸せなことなのだろうか。
実際に逃げたのは、プラーシノ男爵家に比べたら雲の上の公爵家や男爵家の子弟達であり、フレッドはその真逆だった。
しかし、アンソニーにその事実を教えたとしても、今度は名を高めたフレッドが戻ってくると恐怖を感じてしまうだろう。馬鹿に付ける薬はないとはこのことだ。
勿論、追い出した男が大いなる神に選ばれ、その上更に高貴なる姫君達と行動を共にしているなど、夢物語の妄想と言ってもよく、アンソニーが想像できるはずがなかった。
更に後日、プラーシノ家とフレッドの関わりが断絶していることを関係各所はしっかりと把握した。
客観的に見ると両者の仲は険悪で、利用価値がないどころか下手に接触すればやけどを負いかねないことも……。
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