お試し
(いいな……)
フレッドは姿なき声に従い割り当てられた自室に入ると満足した。
それほど大きくはなく、簡素な机とベッドしか目立つ物がない殺風景な部屋は実に彼好みで何の文句もなかったが、それはそれで問題だった。
(必要なんだろうけど肌に合わないんだよな)
清らかな篩からこれでもかと丁重な扱いを受けたフレッドは、必要以上に豪華すぎる部屋や食事に困っていた。
元々貧乏男爵家の系譜に連なっているだけのフレッドは贅沢とは無縁だったし、何より本人の気質が質実剛健を極めていたようなもののため、それを続けていけばよかった。
しかし、上に立つ者は時として無駄と思われるものに拘る必要があり、フレッドが理解し切れない贅沢も含まれている。
(砂糖菓子をあれだけ出されても……)
フレッドは清らかな篩が、やたらと砂糖菓子を提供してきたことを思い出す。
富と名誉の象徴のである甘い菓子は、太っている貴族や聖職者が大いに好む物であり、偏食の結果痩せている者達以外は嬉しがる。
そのため大柄なフレッドも砂糖菓子が好きだろうと思われ、危うく毎日三食と一緒に必ず砂糖菓子が提供されるところだった。
しかしフレッドが好むのは肉であり、砂糖菓子は何かの大きな記念で偶に食べる物であると認識は変わらなかった。
(その辺りは姫様達を頼ろう……無理ない範囲で……)
縁のなかったことにいきなり適応できるような人間ではないフレッドは、上流階級のしきたりに詳しい筈の姫君を頼ることにする。
(よし……)
フレッドは考え事をしながら極鎧用の服に着替え、思っていたことを実行するにはどうすればいいのかと少し考えて試すことにした。
「姿なき声よ。幻想生物と戦って訓練をするにはどうすればいいでしょうか?」
『………………解釈中。解釈終了。早期訓練の依頼を認証。第一訓練場へ向かえ。案内をする』
「ありがとうございます」
(どこにでもいるが姿はない。その名で呼ばれるはずだ)
思い付きの行いで何もない空間に呼びかけたフレッドだが、少し待つと中性的な声が部屋に響き、古来から姿なき声と呼ばれている理由に納得した。
そしてフレッドはその声に従い、火や日の光ではないナニカで明るい廊下を歩く。
(地下か……広い)
階段を降りて最終的に行きついた場所は地下だったが、フレッドはその広さに圧倒される。
真っ白な壁や床、天井で覆われた地下は、大きな祭りや軍の行進ができそうな程に広く、フレッドは地下空間にこれほどの人工物を作れるものなのかと感動すら覚えていた。
『戦闘準備を』
「はい。装着」
だがいつまでも観察している時間はないと言わんばかりに姿なき声が促し、フレッドはオーク型極鎧を装着する。
『ガガ。形式番号確認。ガガガガ。Ω級先行試作機。訓練同期システム……接続』
「姿なき声?」
フレッドは突然発生した耳障りな音が原因で、姿なき声がなにを言っているか聞き取れなかった。
(あれが幻想生物か)
その直後、地下空間に異変が起こる。七色の光がどこからともなく漏れて集まり、それははっきりとした形となって現れた。
逞しい脚。太い腕。一見肥満に見える胴体。岩のような頭部と口から突き出た牙。血走った瞳。
なにより緑の皮膚。
(オークか)
フレッドは思わず苦笑しかけた。
その姿はオーク型極鎧と似ているどころか大本とも言える怪物、オークだ。
村に現れれば村人の頭を握り潰し、上半身と下半身を引き千切り、こん棒を振り下ろせば肉塊となる怪物。
単なる人族の振るう剣や槍などオークの肌に当たった途端にへし折れ、対抗するためには極鎧が必要不可欠だが、極鎧所持者でも時折不覚を取って敗れる者がいるほどである。
『グオオオオオオオオオオ!』
そんなオークが殺意に漲った瞳でフレッドを睨み、鋭利な斧を両手に持って威嚇するように吠えた。
『戦闘開始』
姿なき声の号令と共にオークが走る。
厚みがありすぎるため鈍重そうに見えるが、筋肉の塊であるオークは驚くべき速度でフレッドとの距離を詰めた。
一方、フレッドは静謐だった。
オークと同じく両手に持った斧をだらりと下げ、人によっては失禁してもおかしくはない悪鬼の全身を観察する。
フレッドという男は貴族として異端だ。
ひ弱な野生生物を一方的に狩るのではなく、狼、熊、猪と命のやり取りをして、更には山に籠るようなことも厭わない男は異才を持っていると言ってもいい。
『オオオオオオ!』
オークが両手の斧を振り上げる動作。見えている。
オークが足を踏み込む位置。見えている。
オークが両手を振り下ろすタイミング。見えている。
そして、巨大な岩石や木を粉砕するような斧も、当たらなければ意味がない。
ギリギリまで見極めていたフレッドは、僅かに体を動かしてオークを避けると同時に、まるで目の前の怪物の動作を再現するかの様に斧を持ち上げて振り下ろした。
そしてフレッドの斧はオークに態勢を整える暇を与えず、岩の如き頭部に吸い込まれ……オークは霧散した。
(感触はあったが……妙だな。空想生物の特徴か? まあいい)
フレッドの手にはオークの頭部を粉砕した感触があったものの、それはしっかりとしたものではなく、どこか嘘くさいとでも表現できるようなものだった。
(このくらいならまだ見える。問題はあのカエルみたいなやつだった場合だ)
大自然の中で僅かな変化も見逃さず生き残ってきたフレッドは、目がよく相手がどのように動くかを予測するのに長けている。
だが思考を訓練に戻したフレッドの最大仮想敵は、反応すらできない速度で腕を斬り飛ばしてくれたカエルのような存在だ。
『次の段階に移行』
尤もこれはお試しのような物に等しい。姿なき声が選べる空想生物は山のように積みあがっていた。
クッソ忙しかったですがなんとか書けました……。
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