道中
(五人。いや、六人も乗れる馬車とか凄いな)
王がほぼ内定しているようなフレッドは訓練施設への道中、全く縁がなかった豪奢な馬車にある意味感心していた。
様々な政治的要因が絡み非常に丁重な扱いを受けているフレッドは、清らかな篩が所持している最も上等な馬車を提供されたのだが、堕落した宗教勢力だけある外装は実用性の欠片もない金の装飾、宝石の類で彩られている。
半面、内装は柔らかな素材や敷物で構成されているため、座り心地が非常によく、乗った際のことをきちんと考えられていた。
しかし、華美な装飾や内装など、フレッドの同乗者は軽く凌駕するどころか塵芥に貶める。
「今更ですが訓練施設はどのような場所なんでしょうね」
フレッドが、コーデリア、レティ、アドラシオン、ソルの四名全員に話を振る。
どんな男だろうとこの四人が乗る馬車に同席できるなら、全財産を捧げてしまうのにフレッドは平然としていた。この辺りが彼の変人さを象徴しており、姫君達から信頼される一因だろう。
そして訓練施設だが人族には縁がなく、フレッドはあやふやな噂を聞くに留まっていた。
「主には姿なき声が訓練を指導してくれると聞いています」
「相手は空想生物だとか」
コーデリアとレティが、王城で聞いた話を思い出す。
姿なき声とは言葉通りで、どこにもいないのに声だけを発する存在。空想生物はまるで実体があるように振る舞う幻だ。
「極鎧を装着すれば、空想生物は実体を持つという話ですね」
「間違いなく大いなる神が作り出した存在だと思います!」
アドラシオンとソルが話を引き継いだ。
生身を相手にした空想生物は実体を持たないが、なぜか極鎧を装着した者には接触できる。そしてこのような不可思議な存在は、間違いなく大いなる神が関わっていると思われていた。
「姿なき声と空想生物ですか」
「はい。尤も実物は見たことがありません」
話だけは僅かに聞いたことがあったフレッドだが、実は笑みを浮かべているアドラシオンを含め全員が訓練施設にいる不可思議な者達と接したことはなかった。
「楽しみにされています?」
ニコニコとしているレティが、フレッドの声が僅かに弾んでいると気が付いて尋ねた。
「いやあ、訓練施設という名前からして楽しみで楽しみで」
フレッドにしては非常に珍しい、照れたような表情を浮かべた。
この男、趣味が鍛錬と言うだけあって訓練施設に強い興味を持っており、自分をとことん追い詰めようと思っているのだ。
なお姫君はフレッドの表情に胸をときめかせており色々と手遅れだ。
(うっ)
「私も頑張ります!」
コーデリアは思わず言葉が詰まって上手く話せず、レティは明るい笑みをさらに強めて柔らかい太陽のようだ。
(はあ……そういうところも好き)
(か、可愛い……)
しかもアドラシオンは痘痕も靨と言うべきか、ストイックすぎる男の感性に心の中で熱い溜息を吐き、ソルは少し脳をやられているのか、ほぼ中年の照れた顔を可愛いと表現していた。
そもそもいくら馬車が大きくても空間は限られており、五人もいればかなりの密度となる。そんなところに長時間いる姫君達が我慢できているのは奇跡に近いだろう。
もし馬車の中で一泊と言う話になれば、フレッドの安全は誰も保証できなかったが。
「到着いたしました」
だが終わってほしくない時間が無限に続くはずもない。
御者の声に落胆を覚えた姫君達は、渋々といった感情を表に出すことなく馬車から降りる。
「あ」
一同の口から同じ言葉が漏れた。
馬車を降りた先にあった巨大な建物は金属で構成されているのか光を反射しており、一同が迷い込んだ異なる次元の建築物によく似ていた。
「やはり大いなる神が……」
この訓練施設も大いなる神の遺産だと確信した一同は緊張した面持ちとなる。
『訓練生、フレッド、コーデリア、レティ、アドラシオン、ソルを確認』
(これが姿なき声か)
突然、中性的な声が辺りに響いて姫君達は驚き、フレッドは冷静に聞いていた話を思い出す。
まさに言葉通り、誰の姿もないのに聞こえる声は姿なき声の名に相応しいだろう。
『フレッドを士官教育用男性宿舎に案内。直進せよ』
『コーデリア、レティ、アドラシオン、ソルを士官教育用女性宿舎に案内。直進せよ』
更に声は二つ同時に発生し、男女別で宿舎に案内するようだ。
(そうだろうな……)
(はあ……)
(ざーんねん)
(男女共用でもいいと思います! って言えたらなあ)
姫君達は心の中で溜息を吐く。
複数の人間が生活する場なのだから宿舎を男女で別けられるのは当たり前だし、高貴な身分ならば尚更だ。しかし、本音を言えばその当然に背きたいのが今の彼女達である。
(ご一緒できる時間が多いと嬉しいのですが……)
最も男女の付き合いに厳格さを求めていたレティですら、フレッドと交流する時間を気にしている始末だ。なお一番積極的なアドラシオンに至っては、時間がなければ作ると豪語しただろう。
(産むタイミングが難しいけど、まずは戦力として数えられる程度にならなくちゃね)
そのアドラシオンは色々と見計らっているようだが、神命は危険地帯の平定である。強くなければ足手纏いにしかならないため、王女には本来関係ない戦いの役目だろうが気にせず集中し始める。
『フレッド、右に進め』
「どうやら自分はこちらのようです。またすぐお会いしましょう」
「はい」
姿なき声に案内されたフレッドと、一旦離れ離れになった彼女達だが……。
『士官教育用女性宿舎に到着』
「……」
「こ、個室なら……」
「ふーん。へー」
「あわわわ」
簡素な個室に案内されたコーデリアは何かを考えこみ、レティは思わず個室ならと呟いたが、それがどうしたのだろうか。更にアドラシオンはにやにやと笑い、ソルは妄想を打ち消すかのように頭を振る。
「彼を連れ込むときは一言伝えておくわね」
「アドラシオン!」
余計な一言を足したアドラシオンに、コーデリアが抗議するかのように名を呼ぶ。
だが、アドラシオン以外は顔を真っ赤にしているので、何を考えていたかなど一目瞭然であった。
クッソ忙しいので明日は更新できません……明後日もどうかなあ……。
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