変わった金銀
(また来た……)
熱砂国の金銀と称えられる女の銀の方、ソルは現実世界に帰還を果たしてからずっと忙しかった。
「ご無事で何よりでございます……」
その忙しさの割合でかなり大きな部分を占めているのが、暇なのかと思えるほどにやってくる聖職者達のご機嫌伺だ。
「見ての通り、フレッド王のお陰で傷一つありませんわ。ねえソル」
「はい」
艶然とした笑みを浮かべるアドラシオンにソルは同意する。
このやり取りは既に数回行われており、半ばお約束の様になりつつあった。
清らかな篩にすれば今回の事件は失態以外の何物でもなく、それをどうにかするためコーデリアとレティにも聖職者達がひっきりなしに訪れていた。
しかしここでややこしいのは、清らかな篩は正式にどう謝罪するかで揉めており、姫君達もはっきりとした謝罪をされていないことだ。
一方、姫君達も国家の権限がある訳ではないので、超巨大組織の清らかな篩に謝れと迫ることができない。そのためなんとも煮え切れない対応が続き、だらだらと余計な時間が浪費されていた。
「フレッド王の手続きはどうなっています?」
ソルが口にした言葉も数度目だが、これはフレッドに王の称号をくっ付けて既成事実を積み上げるというはっきりとした目的があった。
「はい。正式な手続きに移行しました。しかしながら手順が中々長いものでして……恐らく訓練施設での課程が終わる前には完了するとは思いますが……」
聖職者は裏のない事実を口にする。
フレッドが大いなる神に王の称号を授けられたのは多くの聖職者も目撃している。そして現地にいた者達は腐っても神に仕えている身であり、神のお言葉を捏造したり歪めたりはできず、そのまま清らかな篩に報告して、一刻も早く実現するべきだと強く訴えていた。
そして失態を有耶無耶にしたい清らかな篩や教皇オベールはこれに飛びつき、神に選ばれし王を大々的に宣伝するつもりだったが、定められた儀式が長い年月で奇妙な形となっており少々の時間が必要だった。具体的に表現すると集金装置になり果てているせいで、なにかと複雑で長いのだ。
なおこれも余談だが、オベールを含め聖女型のレティを狙っていた者達の野望は、神の神命によって頓挫したと言っていいだろう。
(このくらいは役に立ってもらわないとねー)
ソルが心の中でほくそ笑む。
硬直と腐敗を起こしている清らかな篩が本気を出すとしたら神と保身だ。今現在、神の面では十分すぎるため、後は保身を刺激するようにソルとアドラシオンが、フレッドのことを話題にすればいいだけである。
そうすれば先走った聖職者達は、姫君の機嫌を取るためにフレッドの件を進めてくれた。
そこにいたのは祖国を優先する王女と高位貴族の娘ではなく情を優先する女だったが、神に選ばれし王の傍にいるのは結果的に国益を齎すだろう。
(陛下とうちのお父様も反対するどころか大賛成だろうしー)
肩を竦めそうになったソルの推測は正しい。
男児こそが必要で、娘はそのうち政略結婚の駒に使う程度にしか思っていないソルとアドラシオンの父にすれば、娘達が神に選ばれた王との繋がりを作るのは望外の喜びだ。
(あとはアドラシオンが言ったみたいにこ、ここここどどど……んぎゃ!)
最終的に行きつく果てを想像したソルだが、アドラシオンと違って初心な彼女の脳は限界を迎えたらしい。
「それじゃあ私達はフレッド王のお傍にいるから。コーデリアとレティも同じかもだけど」
聖職者がご機嫌伺を終えると、アドラシオンが付近にいる使用人達に声を掛ける。
(お変わりになられた……)
ダークエルフの使用人達はアドラシオンとソルの変化に気が付いていた。
基本的に親友二人の関係で完結していたアドラシオンとソルは、他人を混ぜるようなことしなかった。ましてや仲の悪い騎国の人間との関わりなど無く、それはこれからも続くと思われていた。
しかし事件後、騎国の王女であるコーデリア、レティと度々話し合いが行われており、しかも頻繁にエルフではない人族の男、フレッドの部屋を訪れているではないか。
普段の使用人達なら騎国のエルフや人族に関わることに苦言を呈しただろうが、今現在は状況が特殊過ぎるため言えるはずもなかった。
(どうなることやら……いや、嵐の到来は間違いないだろう)
年長の使用人は、どうもアドラシオンとソルがフレッドに嫁ぐ気なのではないかと察していたが、相手は神に危険地帯の平定を命じられた王だ。
どう考えても平穏無事な神命になるとは思えず、前途多難という言葉が相応しい状況だった。
それから少し。
姫君と新たな王となる男は、古来から訓練施設と呼ばれている聖地のひとつに出発した。
『次元機動司令部ユニットからのプログラムを受信。通常モードに移行』
かなり様変わりしている聖地に。
そして。
「本当に行かないといけないのか?」
「聖なる行軍に参加した者の義務なんだって……」
「そんな馬鹿な……」
役に立たないと分かっている貴族の子弟達もまた、同じ場所に向かっていた。
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