変わった青赤花
「コーデリア様、レティ様……よくぞご無事で……!」
普段は騎国の王城で仕え、聖なる行軍中はコーデリア、レティの世話係をしていたエルフ達こそ、姫君の帰還を最も喜んでいた者達だろう。
絆があるからといった話ではない。人族換算では四十代ほどの働き盛りのエルフ男女は、手ぶらで騎国に帰ることができる立場ではなく、明確に姫君達が死亡と認定されるまでずっと捜索する必要があった。
しかしそれが解消され、見たところコーデリアとレティの両方が無事なら、もうこれ以上はない状況だろう。
残酷な真実を告げる必要があってもだ。
「その……他の皆様は本国に帰られてしまい、ご挨拶ができない状況でして……」
使用人達の纏め役である初老のエルフが、可能であるなら告げたくなかった言葉を発する。
流石に貴族の子弟達は逃げ帰りましたとは言わなかったが、守るべき姫君達の捜索にも加わらず、もう本国へ去っているのだから、コーデリアとレティが怒りを抱くに決まっている。
そのため使用人達はなんとか姫君を宥めようとしたのだが、反応は予想外の物だった。
「他の皆様……?」
流石は姉妹と言うべきか。
赤と青の花が美しい顔に困惑を浮かべた様相はそっくりで、いったい何のことを言っているのだろうと同じ疑問を覚えていた。
「……ああ。そうか。分かった」
ただコーデリアの方は、皆様が貴族の子弟を意味することに気が付いたものの、必要以上の反応をしなかった。
(まあそうだろうな)
それどころかコーデリアは、悪魔に命乞いをしていた者達がいつまでも恐怖が色濃い場に残るとは思えず、納得すらしていた。
彼女は別に恨みや怒りのような感情を抱いておらず……ただ優先順位が変わり果てているだけの話だ。
(うう……)
一方、潔癖気味なレティはカエルの悪魔が映し出した光景を思い出し嫌悪を抱く。
悪魔の言ったことを本気で信じている訳ではないが、女を金銭で買い更には意思すらも奪うことを喜ぶなど、レティには全く理解できないものだ。
「と言うことは本国に連絡はされているんだな?」
「は、はい。それは間違いありません。姫様達が無事だと伝われば、皆様もお喜びになるでしょう!」
(さて、その辺りは微妙だな。父上と母上は喜んで下さるだろうが、他の者達は私に弾劾されるのではと恐れるのではあるまいか)
コーデリアの確認に使用人は力強く答えるが、女ではなく王女としての思考に寄った彼女の意見は少し違う。
見捨てて命乞いをした貴族の子弟達にとって、コーデリア、レティの生死はどちらも恐怖を招く。
死んでしまえば責任問題だし、生きていたらそれはそれで、なぜ逃げたのだと追及されてしまう。つまり事件が起こった今現在、王女の存在は厄の塊であり、子弟達だけでなく事情を知った親たちも慄いていた。
「あの、お尋ねしたいのですが、プラーシノ家についてなにか……揉めているといった類の話はありますか?」
「プ、プラーシノ家でございますか……」
控えめなレティから話しかけられた使用人は、何故彼女から木っ端貴族の名前が出てきたのだろうと戸惑う。
そして、フレッドの件があまり表沙汰になっていないこと。更に姫君達の無事の帰還で少々興奮している使用人達は、特に考えず知っていることを話した。
「当主が養子を迎えられた後に、実子が生まれたという話は聞いておりますが……」
(フレッド様が邪魔になったということか!)
(ああ、大いなる神よ……)
単なる事実かつ端的な話に、十分な情報が込められていた。
流石にフレッドに直接、どのようにプラーシノ家と揉めているのかを聞けなかったレティ達は、これで大体のことを把握した。
プラーシノ家の当主、アンソニー男爵はただただ運が無いと表現するしかない。
何事もなければ木っ端貴族が相続問題で揉めている程度の認識で済んだはずなのに、よりにもよって自国の姫にまで知られてしまったのだ。
尤も今更フレッドをプラーシノ男爵にしてから、西極湖一帯の王にすることなど不可能なため、アンソニーの目的自体は達成されるだろう。それがいいか悪いかは別として。
(やはり父上としっかり話す必要があるのに……使者のやり取りだけで伝えきれるか?)
コーデリアが困り果てた。
プラーシノ家のこと、西極湖のこと、更にフレッドのことなど、色々と調整する必要があるのに、訓練施設への到着日は清らかな篩の宗教的伝統と密接に繋がっていて、しかも時間的な余裕がほぼないため本国へ戻れない。
なにせ本来なら聖なる行軍が終了すれば、数十日の休憩を挟んでそのまま訓練施設へ移動するような日程だ。貴族の子弟達が飛空船で逃げ帰ることはギリギリできても、それより遅れて帰還したコーデリア達は、このまま訓練施設へ移動する必要がある。
しかも大いなる神が降臨した直後に、宗教的伝統を破ることなどできないため、悪条件が重なっていた。
(前途は多難だな)
コーデリアは心の中で嘆息する。
本番はまだまだこれからであり、悪魔の襲撃と大いなる神の降臨は一つの事件が終わっただけに過ぎなかった。
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