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戦勝の知らせと招待状



天野藩の城下町は、初夏の陽光が燦々と降り注ぎ、風に乗って花の香りが漂う中で静かな活気に包まれていた。篠田花は、庭で咲き誇る牡丹の手入れをしていた。彼女は天野藩の藩主・篠田宗一の娘であり、その聡明さと美貌から城下の人々に愛されていた。


その日の午前、藩の使者が急ぎ足で庭に現れた。「篠田様、緊急の知らせがございます。」花は顔を上げ、使者の険しい表情を見て手を止めた。「どうしましたか?」と彼女は穏やかに尋ねた。


使者は一礼してから続けた。「西の伊賀藩との戦で、我が藩の軍が見事に勝利を収めました。これにより、伊賀藩主・伊藤信政様から戦勝を祝う宴への招待状が届いております。」


花の心は弾んだ。戦の勝利は藩全体の喜びであり、特に父・宗一にとっては大きな意味を持つ。しかし、彼女は一瞬の喜びの後に父の体調を思い出し、顔を曇らせた。宗一はここ数ヶ月、持病のために体調を崩しており、長時間の外出は困難だった。


「父上にそのことを伝えます。」花は決意を込めて答えた。彼女は庭を後にし、静かな廊下を通って父の居室へ向かった。襖を開けると、宗一が机に向かって書類を整理している姿が目に入った。彼の顔には疲労の色が濃く出ていたが、花の姿を見ると微笑みが浮かんだ。


「花よ、何かあったのか?」と宗一が尋ねた。花は使者から聞いた戦勝の知らせと招待状の内容を伝えた。宗一は深い息をつき、目を閉じた。


「我が藩にとって、これは大変名誉なことだ。しかし、この体では宴に出席するのは難しい。代わりに、誰かが我が藩を代表して行かねばならぬな。」


花は一歩前に出て、「私が代わりに参りましょう」と提案した。宗一は驚きとともに彼女を見つめた。「お前がか?」彼の声には疑念と誇りが混じっていた。


「はい、父上。私は藩のことをよく知っておりますし、信政様の前でも失礼のないように振る舞える自信があります。」


宗一はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。「よろしい。花、お前に任せよう。天野藩の名を汚さぬよう、しっかりと務めてくれ。」


こうして、篠田花は天野藩を代表して伊藤信政の祝勝会に出席することが決まった。その準備が急ピッチで進められた。花は母や侍女たちと共に、礼装の準備や礼儀作法の確認を行った。


当日、花は美しい絹の着物に身を包み、髪も華やかに結い上げられた。彼女は緊張しながらも、自分の使命を胸に刻んでいた。馬車に乗り込み、伊賀藩の城へと向かう途中、彼女は父の言葉を何度も思い出した。


「天野藩の名を背負うということは、それだけの責任が伴うのだ。花、お前ならきっとできると信じている。」


伊賀藩の城は壮麗で、その庭園は四季折々の花々が咲き誇っていた。花が城門を通り抜けると、伊賀藩の家臣たちが出迎え、彼女を祝勝会の会場へと案内した。会場には既に多くの藩の代表者たちが集まり、華やかな雰囲気が漂っていた。


花が一歩一歩進むたびに、その美しさと凛々しさに目を奪われる者たちの視線を感じた。しかし、彼女の心は一つのことに集中していた。天野藩の名誉を守り、信政に礼を尽くすこと。


会場の中央には、若き藩主・伊藤信政が立っていた。彼は戦勝の喜びに満ちた笑顔で、次々と代表者たちと言葉を交わしていた。花が彼の前に進み出ると、信政は一瞬その動きを止め、彼女を見つめた。


「天野藩の篠田花と申します。父・篠田宗一に代わり、祝勝会にお招きいただき、誠に感謝いたします。」


花の礼儀正しい挨拶に、信政は微笑みながら応えた。「ようこそ、篠田様。お会いできて光栄です。どうぞ、こちらへ。」


その瞬間、信政の心に何かが芽生えた。彼はそれを言葉にすることなく、心の中でそっと感じた。「この女性はただ美しいだけでなく、強い意志と優しさを持っている。彼女の存在が、この祝勝会をさらに特別なものにするだろう。」


こうして、篠田花の伊賀藩での一夜が幕を開けた。彼女の心には期待と不安が入り混じり、しかしその瞳は決意に満ちていた。天野藩の名を背負う彼女の姿は、まさにその場の光景に相応しい輝きを放っていた。

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