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婚約者に関わらないよう注意されたわたしと、家族と極力関わりたくないクライブ。結構良い組み合わせだったのだろう。留学はクライブと一緒で正解だった。
お互いに、家族の元へ戻りたくないということは留学前から分かり合っていた。だからわたし達の始まりは、共に自らの環境と戦う共闘関係だった。自国から離れた国を留学先にしたのは、休みの度に帰れない距離を選んだ結果だ。しかも、そんな条件の国を選んだのはわたしとクライブだけ。お陰で長い移動時間で、お互いがどういう境遇なのか理解し合うことが出来てしまった。
クライブはダウリング伯爵が邸内で働くメイドに手を付けて生まれた子。伯爵は生まれた子供が男の子だったので引き取ったそうだ。その際、母親には多額の手切れ金を渡して。
手切れ金はクライブの母の為ではなく、伯爵がクライブを買い取ったという意だったらしい。即ち、クライブの生殺与奪権代ということだ。
伯爵家の為に後ろ暗いことをさせることもあるし、それが原因で捕まり処刑されようと構わない存在として買われた。ただ、嫡男が伯爵家を継ぐまでは万が一のスペアとしての役割もこなさなければならない。命がある内は、伯爵家の為だけに生きる存在となるよう育てられたのだった。
クライブの頭が良いのは、勿論地頭が優れていたこともあるだろうが食事の為。早くから美しい文字を綴れるよう体罰付きの練習をさせられ、伯爵が満足いく字が書けるようになると実践と称して伯爵家が国の機関へ提出する書類の校正と清書をさせられていたそうだ。
クライブには辛いこと。終わらなければ食事も与えられないし、寝ることも許されない。しかし、伯爵から命じられたことをするクライブの姿は嫡男には面白くなかった。難癖を付けては、鬱憤を晴らすように殴られたり蹴られたりした。伯爵夫人も躾と称して鞭を振るう毎日。雨の日には使用人に代わり態と遠くまで買い物へ行かされていたそうだ。体が冷えて病気になることを狙っていたのか、伯爵から言い渡される仕事をする時間を奪う為かは知らないが。
クライブが前髪で美しい瞳を隠すようなったのもこの二人が原因。暴力を振るわれる時に『生意気な目だ』と言われるので、隠すようにしたと教えてくれた。
侯爵家の教育も大概酷いと思っていたが、伯爵家の庶子に対する扱いはとんでもなかった。わたしだったらとっくに心が挫けていただろう。
「ねえ、クライブ、人の印象は見た目から入るものよ。もうあなたの義母も義兄もここにはいないわ。前髪を切りましょう。もったいないわ、あなた、とっても綺麗な目をしているもの。生意気な目なんかじゃない、どうかわたしの言葉を信じて」
最初は前髪を切ることに抵抗したクライブ。それでも、あと数日で留学先に到着という段になりクライブは前髪どころかもっさりした髪を綺麗に調髪してきた。
「昨日は時間があったから。アイメリアの言葉を信じる」
ぶっきらぼうにそう告げるクライブの瞳はとても綺麗だった。もっと見ていたかったのに、わたしの視線が嫌だったのか直ぐに逸らされてしまったが。
「凄くいい。クライブの第一印象は知的な紳士に変わったわ」
髪を切ったのはこのタイミングで正解だった。満足な食事をするようになったお陰でクライブは肉付きが良くなったのだ。それに、クライブの表情は以前より明るくなった。
驕りであることは分かっていても、この新しいクライブを引き出したのはわたしだと思いたい。
あともう少しで留学先。
共闘関係から始まったわたし達は、言葉を信じて髪を切ってもらえる信頼関係になれた気がしたのだった。